23.5

 夜の帳が降りた空の下、荒北くんと途中まで一緒に帰り道を歩いていると、寮と私の家の分かれ道に着いた。

「じゃあ荒北くん、また明日」

 さよならを言って歩き出そうとすると、なぜか私の後ろをついてくる荒北くん。

「どうしたの? 寮はあっちだよ」
「わかってるっつーの。コンビニ寄りてェんだよ」

 そっか。コンビニ寄りたいんだ。
 私は徒歩だからちょっと時間かかるけれど、荒北くんは自転車があるからそれほど時間はかからないだろう。

「じゃあ、気をつけてね」

 ひらひらと手を振ると、なぜか自転車に乗らない荒北くん。口をもごもごした後、ボリボリと頭をかいた。

「オメーは夜道一人で心細いとか思ったことはねーのかよ」
「? 歩き慣れてるし、そう思ったことは特にないけど……」
「コンビニに行くついでだ。途中までオレが送ってやんよ」
「でも……」
「わざわざ家帰ってからこっち来てんだろ。オメーに貸し作ってるみたいでなんか嫌なんだよ」
「……じゃあ、お願いします」

 こうして、荒北くんに途中まで送ってもらうことになった。
 人気のない夜道を荒北くんと二人で歩く。こうしているとまるでデートみたいだ。
 今まで、福富くんや新開くんと一緒に帰り道を歩くことは何度もあったのに。荒北くんに限って、なにを変なことを考えているのだろう、私。
 そう思っていると、突然なにかが行く先を横切った。荒北くんが小さく悲鳴を上げて立ち止まる。
 なにかが横切った先には草むらがあった。草むらの中をよく見てみると、黒と白の靴下猫が草むらからちょっとだけ顔を出している。

「なんだ、野良猫かよ。びっくりさせやがって」
「荒北くんって、もしかして怖いの苦手?」
「苦手じゃねーっつの!」

 そんなに怒らなくてもいいのに、大声で否定された。なんだかおもしろくて、たまらず笑う。
 再び荒北くんと一緒に、夜道を二人で歩く。今日の自主練習のことについて話をしていたらコンビニまでの道のりはあっという間だった。
 コンビニで特に買うものはないけれど……。外で待っているのも荒北くんに気を遣わせそうだし、私もコンビニに入ることにした。
 荒北くんと一緒にコンビニに入った時、近くにあった雑誌のコーナーにたまたま目がついた。そういえば今日はサイクルタイムの発売日なんだっけ。雑誌コーナーに近づいてサイクルタイムを手に取る。荒北くんが目を眇めて隣に並んだ。

「んなもん部室にもあんだろ」
「そうだけど、部活の時だとじっくり読む機会がなくて」
「ハッ、ガリ勉チャンだな」
「そんなことはないよ。新開くんが戻ってくる日まで、一生懸命仕事頑張らなきゃって思ったから……。普段の勉強は途中で飽きちゃうけど、好きな自転車のことなら新しいことを知るたびにおもしろいなって思うんだ」

 少し、語りすぎちゃっただろうか。荒北くんの横顔を見ると――彼は笑っていた。胸がきゅっと苦しくなって、すぐに視線をそらす。荒北くんはいつも冷たいことばっかり言うけど、私のことを見直してくれたのかな。そうだとしたら、結構うれしい。

「そういえば、荒北くんの買いたいものって」
「あぁ、忘れるとこだった」

 荒北くんがとある雑誌に手を伸ばす。彼が手に取ったのは、二つの胸の膨らみがまぶしい水着姿の女の人が表紙の雑誌――。

「っ~~!!」

 気まずくなってぱっと顔をそらす。

「バカ、やらしい本じゃねーよ!」

 怒った荒北くんが、私の肩をつかんで雑誌の背表紙を見せる。

「あ、あぁ、なんだ、チャンピか……。マンガ雑誌にもグラビアがついてるんだね……」
「勘違いすんな。別にオレぁ気取ったオンナに興味ねーよ」
「じゃあ、どういう子が好きなの?」

 言った後で顔が急激に熱くなる。つい売り言葉に買い言葉のノリで、荒北くんに変なことを聞いてしまった……。

「オレは……」

 荒北くんが目を伏せて真面目に考える。固唾を飲んで答えを待っていると、キッとにらまれた。

「からかってんじゃねーよバカ!!」

 荒北くんが怒って近くにあった買い物カゴを取り、カゴの中にチャンピを放り投げる。……よく見たらチャンピが二冊も入ってる。

「それ、二冊入ってるよ」
「知ってるヨ!!」

 逆ギレした荒北くんがチャンピを一冊棚に戻す。荒北くんには恋愛の話はあまりしない方がいいことを覚えた。
 それぞれ買う物を手にしてレジに向かっている最中、アイスコーナーの前で荒北くんが足を止めた。

「お、ゴリゴリくんの新作じゃナァイ」

 荒北くんが手に取ったのはアイスキャンディーのゴリゴリくん。ゴリゴリくんの袋には「温泉まんじゅう味」と書かれている。

「荒北くん、チャレンジャーだね」
「新作見つけたら必ず買うって決めてんだヨ」
「私もこれ、買おうかなぁ」

 アイスコーナーの中から荒北くんと同じアイスを手に取る。

「オレぁまだ食べたことねーから味の保証はしねーぞ」
「大丈夫だって。そんなにまずかったらそもそも売らないもん」

 別々のレジで会計を済ませ、お店の外で合流してアイスの封を切る。
 最近は夜でも暑い日が続いているからこういう日にアイスが食べられるなんて幸せだ。食べたことのない未知のアイスを、勇気を出しておもいっきり一口かじってみる。

「……おいしい」
「普通の温泉まんじゅうの方がもっとうまいけどな」

 おいしいけど普通の温泉まんじゅうの方がもっといい。味の感想は荒北くんと似たようなものだ。

「今度東堂くんにも勧めてみようかな。前に豆大福とか和菓子も好きだって言ってたし」
「こんなもの食えるかーって怒るぜ、アイツ」

 荒北くんが東堂くんのモノマネをしながら言った。あまりにも似ていておもわず吹き出しそうになってしまった。
 アイスを食べて少し涼しくなったけれど、私の心は不思議と温かい気持ちで満たされていた。
 アイスを食べ終わった後、コンビニを離れ、私の家を目指して夜道を歩く。ここまで来れば私の家まであともう少し。そう思った時、道の先に赤ちょうちんの光が見えた。

「荒北くんってごはんはまだ?」
「さっきアイス食ったのを除けばなんも」
「じゃあ、せっかくだから一緒に食べてかない?」

 荒北くんをごはんに誘ったのは、屋台のラーメン屋だ。屋台のラーメン屋が初めてなのか困惑する荒北くんを無理やり連れて、屋台の席に着く。

「ここ、みそラーメンがおいしいんだ。他にも、チャーシュー麺とか色々あるけど……」
「オレもそれでいい」

 てっきり、チャーシュー麺がいいって言うと思ったから少しびっくりした。屋台のおじさんにみそラーメン二つを注文して、荒北くんと二人でラーメンがくるのを待つ。

「たまに夕食作るのが面倒なときとかここに来るんだ。響子や新開くんとも来たことがあるんだよ」
「新開とも来たことがあんのかよ」

 荒北くんが頬づえをついて機嫌悪そうな顔をした。新開くんと喧嘩でもしたのだろうか。

「にしても、よくやるよな。一人暮らししながらオレの自主練手伝って、補修受けない程度に勉強やって」
「大変だけど毎日楽しいよ。こんなに学校生活が楽しいって思ったの、箱根学園に入ってからかも」

 みそラーメンのおいしそうな匂いが鼻孔をくすぐった。

「……なんか、オメーといると調子狂うな」

 もうすぐくるであろうラーメンを楽しみに待っていた時、荒北くんが突然つぶやいた。驚いて隣にいる荒北くんを見る。荒北くんは、笑っていた。

「調子狂うって?」
「いい意味で、だよ」
「へい、お待ち!」

 注文していたみそラーメン二つがテーブルに並ぶ。さっきの荒北くんの言葉はよくわからなかったけれど、笑ってたしきっといい意味なのだろう。宝物がまたひとつ、増えたような気がした。


 ラーメンを食べて、もう一度帰り道を一緒に歩く。

「さっきのラーメンうまかったな」
「また今度おいしいお店紹介するよ」

 近辺のお店は一通りチェックしてしまった。そういえば近くに餃子がおいしい中華料理屋があったんだっけ。今度、時間のあるときにそこに誘ってみよう。
 次に荒北くんと一緒にごはんを食べに行くことを考えていると、あっという間に家の前に着いてしまった。ここで荒北くんとお別れだと思うと、なんだか名残惜しい。

「今日はありがとう、荒北くん」
「別にどうってことはねーよ。買い物のついでだ」
「また明日ね」
「あぁ、またな」

 自転車に乗って夜道を走る荒北くんの背中を見送って、玄関のドアを開ける。家の中に入った途端、いつもの静寂が私を包む。
 さっき荒北くんと過ごしたばかりの時間が甘い夢のようで、その日のひとりぼっちの夜は不思議と寂しくはなかった。