栄光のサクリファイス 120.5話

 荒北が病院を出ると、暗闇の中に見慣れた姿を見つけた。

「……南雲」
「えへへ、たまには迎えに行こうかなって。一緒に帰ろう」

 南雲と一緒に、街灯が夜道を照らす帰り道を歩く。寒い冬は終わりに近づき、もうすぐ春になる。桜のつぼみを見て、荒北はようやく春がすぐそこに迫っていることを実感した。


 練習試合の翌日、荒北たちは校長室に呼び出され、案の定大きな騒ぎになった。

「お前たちは横浜綾瀬の面汚しだ。責任を持って退学しろ」

 今まで荒北たちの面倒を見ていた野球部監督の針野は、非公認の練習試合に激怒していた。このことが舞園さんの耳に入れば、オレも責任を取らされることになる。自らの保身を第一に考えた針野は、荒北たちを徹底的に糾弾した。
 針野の意見に同意する者はいたものの、退学はやりすぎたという声も多く上がっていた。連日ひっきりなしに学校に電話がかかり、話を聞けば彼らは悪くないと電話の主は訴える。中には、同じ神奈川県内の高校や中学校の教師からの訴えもあった。
 このままでは問題が大きくなり、野球部だけの問題から学校中の問題に発展してしまう……。状況の悪化を恐れた横浜綾瀬は彼らになにも罰を与えなかった。しかし、高校野球連盟は彼らを認めず、練習試合に参加した者のドラフト入りを白紙に戻した。
 このことは公にはなっていない。事実は関係者とその周辺の者のみぞ知る。
 やはり、大きな力には抗えないのだろうか。マスコミを自在に操る舞園に、荒北が諦めかけた時光が射した。
 プロ野球チームのとある球団が、舞園のやり方に反発している。この前行われた野球の試合ではストライキが行われ、大変な騒ぎになった。
 舞園に反発しているのは球団だけではない。非公認の練習試合を何らかの形で知った者たちが、高校野球連盟の建物の前で連日デモを行っているという。全てうわさで耳にした情報だが、決して敵だらけではない状況に荒北はふんばる覚悟を新たにした。
 膝のリハビリを終えた後も、長い戦いは続くだろう。だが、決して諦めない。道半ばで屈したら、ここまで支えてくれた彼女を裏切ることになるのだから……。
 彼女に再会したら返すと決めているお守り。それは今も、荒北のポケットの中にある。

「リハビリの調子はどう?」
「順調。マウンドに立てるのはまだ先だけどな。それまで、アイツに会うのはお預けだ」
「変な我慢しないで会えばいいのに。男友達多いみたいだし、ぼやぼやしてるととられちゃうよ?」
「なっ……」

 他の男と一緒にいるを想像して、荒北がショックを受ける。
 だが、情けない顔は一瞬にして真剣な表情に戻った。

「それでも、会わないって決めたんだ。アイツにカッコ悪い自分は見せたくない」
「そっか」

 頑なな荒北に南雲の頬が緩んだ。荒北は満月を見上げ、前に聞いた彼女の言葉を思い出す。
 あの日サイクリングロードで彼女は言った。中学の時に肘を壊したオレは野球をやめたと。
 オレは不思議とここに立っていて、ひどい目に遭った今も野球を続けようとしている。
 ……オレはお前を越えてやる。トントン拍子にいったと思ったら全部が駄目になったけれど、今のオレにはやみんながいる。リハビリもバッシングも乗り越えて、お前が行けなかった未来の道を歩いてやる。
 強く誓い、満月を見上げる。月の光は、荒北を優しく照らしていた。