結局新開くんの誤解を解くことができず、とぼとぼとコテージに向かっている最中。男性陣用のコテージの前で、携帯を片手に自撮りをしている東堂くんを見かけた。
 そのまま素通りするのも悪い気がして、東堂くんに一声かける。

「なにしてるの?」
「おぉ、さん」

 東堂くんがかざした携帯を下ろして、私に視線を移す。

「写真を撮っていたのだ。撮った写真を巻ちゃんに送ろうと思ってな。よかったらキミも一緒にどうだい?」
「えっ? 私はその……」
「わっはっは。遠慮することはない。内心ではオレと一緒に写真が撮りたい。そう思っているのだろう?」
「いや、だから」

 東堂くんが私の隣に並び、カメラを起動した携帯をかざした。
 自然と荒北くんの顔が思い浮かぶ。類は友を呼ぶとはきっとこういうことなのだろう。
 別に東堂くんと一緒に写真が撮りたいとはこれっぽっちも思ってないけど、ここまできて断ることはできない。おとなしく写真を撮られることにした。

「ちょっと失礼」

 東堂くんが私の肩に自身の肩を寄せる。
 一瞬、間近で東堂くんの横顔を見てしまった。学校一人気があるだけあってとても顔がいい。もし自転車部に入ってなかったら、モデルやアイドルになってもおかしくはない。

「はい、チーズ」

 東堂くんの携帯からカメラのシャッター音が鳴った。
 自撮りなんて今まで一度もしたことがなかったから、うまく写っているといいなぁ……。
 満足そうな顔で撮った写真をチェックしている東堂くんを見てほっとしていると、遠くに人影を見つけた。それが荒北くんだと気づいた時、頭の中が真っ白になった。

「おい東堂」

 さも今来たばかりのような口調で、荒北くんが東堂くんを呼んだ。

「おぉ、荒北」
「福チャンがこれからみんなで釣りをするから準備手伝えってよ」
「うむ。これからそっちに行く」

 荒北くんの話に快諾した東堂くんが、私に視線を移す。

「じゃあ、さっき撮った写真は、また時間のある時に送らせてもらうよ」
「う、うん……。じゃあまたね」

 東堂くんと荒北くんが一緒に歩き出す。気のせいだろうか、荒北くんは一度もこちらを見ようともしなかった。
 どうしよう、荒北くんに誤解されちゃったかも……。桃香と新開くんに続いてこれで本日三度目なのに、私の心は不思議とざわついていた。


 その後、みんなで近くの湖に行って釣りをした。

「ちっ、全然連れねーじゃねェか」

 釣りを始めてから一時間経ったものの、まだ一匹も釣れていない荒北くんが竿を持ったまま悪態をつく。

「…………」

 その隣では福富くんが無言で、魚がかかるのを待っている。福富くんも荒北くんと同じくボウズだ。
 一方少し離れたところで釣りをしている東堂くんと新開くんは、この一時間のうちに魚をたくさん釣っていた。

「あっ、寿一のすっげー引いてる」

 新開くんの声につられて見ると、福富くんの竿が水面に向かって大きく引っ張られている。

「頑張れフク!」
「いっけー福チャン!」
「オレは強い!」

 福富くんがリールをまわし、豪快に魚を釣り上げる。
 水面から出てきたのは、今日の釣りの中でも一番大きな魚だった。

「おおお……」

 わたしの近くにいた響子や桃香も含めて、みんな同時に感嘆の声を上げた。釣りは今回初めてなんだけど、案外性格が出るものなのかもしれない。

「こんだけ釣れりゃあメシも十分だろ。ちょっくらベプシ買ってくらぁ」

 竿を地面に置いて、ポケットに手をつっこんだ荒北くんが自動販売機のある方に向かって歩いていく。
 今のうちにさっきの誤解解かなきゃ……。追いかけようとすると、先に福富くんが荒北くんの後を追った。

「荒北」

 人気のないコテージ裏で、福富くんが前を歩いている荒北くんを呼び止めた。
 別に盗み聞きするつもりはないけど、空気を読んで木の後ろに身を隠す。

「なんだよ福チャン」
「それはこっちのセリフだ。なにがあった?」

 なにか思い当たることでもあるのだろうか。荒北くんがばつが悪そうに目を逸らした。

「別に、何もねーよ」
「お前を縛るものはもうなにもない。そろそろ自分の気持ちに素直になったらどうだ?」

 福富くんは荒北くんになにを伝えようとしているんだろう……? 固唾をのんで見守っていると、荒北くんが歩き出した。

「意味わかんねーよ」

 再び自販機に向かって歩き出す荒北くんを、福富くんはその場に立ったまま黙って見送った。……今のタイミングで荒北くんに話しかけるのは無理だ。
 みんなの所に戻ろう。黙ってこの場を立ち去ろうとすると、いつのまにか私に気づいた福富くんが、こちらに向かってまっすぐ歩いてきた。

「ご、ゴメン! 別に、盗み聞きするわけじゃなかったんだけど!」

 真っ先に謝罪をすると、福富くんは真顔でこう言った。

「お前と少し、話がしたい」


 コテージの段差に福富くんとふたりで座る。
 話がしたいと言われてここに座ったものの、福富くんは前を向いたまま口を開こうともしない。
 ……福富くん、か。福富くんは荒北くんを含めて、自転車部の人たちから慕われているようだけど、私は自転車部とはほぼ無縁の存在だ。彼になにを話せばいいのか全くわからない。
 だからといって、このまま黙っているのも居心地が悪い。必死に話題を探していると、福富くんがようやく口を開いた。

「お前のことは知っている。荒北から何度か話は聞いていた」
「荒北くんから?」

 そういえばこの前新開くんも似たようなことを言われたけれど、私のいない所で荒北くんはどんな話をしているんだろう。
 変な話をされていないか疑心暗鬼になっていると、福富くんが言葉を継いだ。

「アイツは大変だろう」
「うん。すぐ怒るし、面倒くさがり屋だし……」
「だが、悪いヤツではない。自転車部に入ってからアイツはインハイに出るために、しょっちゅう文句を言いながらも、ひたすら自転車に乗り続けた。日に日に強くなるアイツに、オレは何度も目を見張った」

 福富くんが真剣な顔をして、私に向き直る。

「荒北のことをよろしく頼む」
「う、うん……」

 ……と、流れでうなずいたものの、別に私は荒北くんの彼女でもなんでもない。
 新開くんといい、桃香といい、福富くんといい、なんでここまで私と荒北くんをくっつけたがるのだろう。
 けれど、新開くんたちのおせっかいは、そこまで不快に感じなかった。


 夜、響子たちと一緒にコテージのバルコニーに設置されてあるガーデンベッドに寝て、空を見上げていると、ポケットに入れていた携帯が振動した。携帯を確認すると、荒北くんからメールがきていた。
「今、出てこれるか?」メールの文面を見て、心臓が一際強く鼓動を打つ。
 ――さっきの夕食の時に忘れものをしちゃったから取りに行ってくるね。そう響子たちに嘘をついて足早に待ち合わせ場所に行くと、荒北くんがいた。

「どうしたの、急に」
「行きたい場所があるんだよ。そんなに時間はかからねェからちょっとついて来い」

 疑問に思いながら荒北くんの後をついて歩くと、午後に釣りをしていた湖の前にたどり着いた。

「わぁ、きれい」

 目の前の光景を見て、感嘆の声を上げる。
 薄暗い湖の周りには、たくさんの蛍が飛んでいた。まるでイルミネーションのように華やかな光景だ。

「どうしてここに連れてきてくれたの?」
「新開に言われたんだよ。に今日一日のお礼をしとけって」

 お礼って。むしろ感謝しなきゃいけないのは私の方なのに……。
 目の前に広がる幻想的な光景に、しばらくの間言葉を忘れて見とれてしまう。

「……なんか、今日は変な一日だな。いつもは福チャンたちと四人で遊んでいるのに、今日はオメーが加わって。そのうち部室にも顔を出したりしてなァ」
「どうも、自転車部のマネージャーのです」
「もたもたしたら許さねェかんな」

 といいながらも荒北くんは、蛍を見たまま笑っている。

「オメーって変なヤツだよな。一年の頃からしょっちゅうオレに話しかけてきて」
「あぁ」

 昔のことを思い返す。一年の頃は荒北くんとはクラスは別々で、入学したばかりの頃荒北くんは自転車部に入らずにリーゼント頭をしていた。
「今時リーゼントなんて珍しいね」たしか、教室で仏頂面をしながらひとりで過ごしている荒北くんにそう声をかけたんだっけ。

「荒北くんって、子どもの頃近所にいた犬にすごい似てるんだよね。大型犬でいつも人が通るたびに吠えるんだけど、他の犬が通ると怖がって犬小屋に隠れるの」
「………………」

 荒北くんが眉根を寄せて、冷たい視線でこちらを見る。

「まぁ、それはともかく。……正直、感謝してる。インハイ終わって部活がなくなってから、宙ぶらりんだったからな」

 まさか、荒北くんにお礼を言われる日がくるなんて。びっくりしながらも、荒北くんの話に無言で耳を傾ける。

「そんな時、オメーにボーリングに誘われて、仕方なくついていったら意外に楽しくて……。なんつーか、ありがとう……」
「ねぇ、聞こえなかったからもう一回言って?」
「言わねーよボケナス!!!!」

 荒北くんが大声を出すものだから、近くにいたホテルが驚いて逃げてしまった……。
 逃げ出したホタルを見て、反省した荒北くんが少しの間口をつぐむ。
 本当にきれいだなぁ。そう何度も見られる光景じゃないし、今のうちにしっかりと目に焼きつけておこう。

 しばらくの間、無言で佇む。
 最近荒北くんとずっと一緒にいたけど、勉強以外でこんなに無言になったのって、これが初めてかも。
 そう思ったらなんだか緊張してきた。なにか話をしようとすると、荒北くんが小声で切り出した。

「……なぁ。東堂のこと、好きなのか?」
「へっ?」

 驚いて荒北くんを見る。荒北くんは前を向いたまま、話を続けた。

「ほら、あん時ふたりで写真撮ってただろ。東堂に気があんのは勝手だけどよ、オレのことは利用すんなよ」
「待って! 私、東堂くんのことは何とも思ってないから――!」
「ア?」

 荒北くんが驚いた顔で、わたしに視線を向ける。

「そりゃ、間近で見た時はカッコいいなって思っちゃったけれど、好きとかそんなんじゃないから……」
「なんでそんなこと言うんだ」
「それは、荒北くんに勘違いされたくなくて……」
「ふぅん。まぁ、別にどうでもいいけどよ」

 自分から聞きだしたくせに。荒北くんは興味なさそうに、そっぽを向いてしまった。
 ……もし、東堂くんが好きって言ったら、荒北くんはどんな顔をしていたのだろう。荒北くんの悲しむ顔を勝手に想像しては、胸がきゅっと締めつけられる。
 私……やっぱり荒北くんのことが好きなのかもしれない。

「……なぁ。次はオレがどっかに誘ってやるよ」
「えっ……?」
「どうせヒマだろ。たまにはオレから誘ってやるよ」
「誘うって、なんだかデートみたいだね」
「いまさら気づいたのかよ。本当に変なヤツ」

 冗談半分で言った言葉に、荒北くんが笑って返す。
 もしかして荒北くんって私のこと、好きなのかな……? そう思ったらなにも言えなくなってしまった。


 荒北くんとふたりで蛍を見た後、コテージに戻ると心配した響子たちに出迎えられた。
「本当に落とし物捜してたの?」意味深に微笑みながら尋ねる桃香をごまかすのには特に苦労した。

 夜が更け、ベッドに横になった時も、胸のドキドキが収まらない。一緒に蛍を見てから、荒北くんのことが頭から離れずにいる。
 明日荒北くんに会ったら、どんな顔をして会えばいいのだろう。そう思いながらも、明日が来るのがとても待ち遠しかった。