愛車を携えて二年ぶりにこの道を訪れる。
 二年ぶりのサイクリングロードは桜の季節で、アスファルトと豊かな緑の景色に華やかなピンクのアクセントを加えている。自転車道の隣にある土手の向こうにはゆっくりと川が流れている。
 この道は全く変わっていない――。ここに来て改めて神奈川に帰ってきたんだと実感する。
 サドルに跨がり、ペダルを回す。徐々にスピードを上げると、体中に気持ちのいい風を受けた。

 私は、二年前まで神奈川県に住んでいたが、親の仕事の都合で東京の方に引っ越しをしていた。とある事情で神奈川県に私一人だけ戻ることになり、明日箱根学園に二年の転校生として転入する予定だ。
 箱根学園には幼なじみの福富くんがいる。福富くんとはたまに連絡を取るけれど、相手が口下手なこともあり今の彼のことは詳しくは知らない。でも、彼ならきっと自転車部で頑張っているのだろう。なぜなら彼は、ロードレーサーの家系で小さい頃から自転車に強く関心を持ち、中学生の時は自転車部に入って熱心に活動に取り組んでいたからだ。
 明日、福富くんに会えるかな……。そう思いながら自転車で走っていると、一人のライダーが私を追い抜いていく。
 追い抜いた人を見ると、黒を基調としたサイクルジャージ。黒の短髪で、細身の男性だ。チェレステカラーのビアンキに乗って疾走している。
 なんとなく追い抜かれたのが悔しくてスピードを上げる。
 カーブに差し掛かると私はブレーキのレバーを引いて減速をしたが、男は速度を落とさずにカーブを曲がり――

 ガランッ!!

 男の乗っていた自転車が派手に横転した。

「だっ、大丈夫ですか!?」

 急いで自転車を止めて、尻もちをついている男に声をかける。

「痛ってェ……」

 顔をしかめた男と目が合った。

「……ンだよ」
「立てますか……?」

 しゃがんで男に手を差し伸べる。
 だが、男は私の手を借りずに一人で立ち上がった。

「ガキじゃねーし一人で立てらぁ」

 男が横転した自転車を起こす。自転車をちらりと見た時、後輪側のフレームに一直線の大きな傷があることに気がついた。
 この傷には見覚えがある。たしか、福富くんが乗っていたビアンキにもそっくりな傷があった。

「……なんか用か」
「なっ、なんでもないですっ」
「あっそ」

 男はクリートのついたシューズをビンディングペダルにはめるとペダルを回し、そのまま行ってしまった。
 福富くんの自転車と同じ物に見えたんだけど気のせいかな……。疑問に思ったまま男の背中を見えなくなるまで見つめていた。