東京の学校に転校した時にもやったことだけど、新しい環境に飛び込むとなると二度目でもドキドキしてしまう。
 緊張のあまり名前を書き間違えないように。名乗る時にかんだりしないように。心の中で自分に言い聞かせながら黒板に名前を書くと、みんなの方に向き直り頭を下げた。

といいます。これからよろしくお願いします」

 頭を上げてクラスメイト全員を一目見て、それから左から右に見渡してみるけれど、福富くんや昔同じ中学だった新開くんはいない。もしかしたら同じクラスになれるかもしれないって思ってたけど、残念なことに別のクラスのようだ。

さんの席は窓側の奥から二番目の席ね」

 先生が窓側の空いている席を指さす。
 席に向かって歩くと、後ろの席の人と目が合った。黒髪の細目の男の人だ。
 ……あれ、この人どこかで見たような……。……そうだ、あの時サイクリングロードでコケた人だ!

「あの、もしかして昨日――」

 声をかけようとすると、キッとにらまれた。
 とっさに口をつぐみ、自分の席に座る。なんでさっきにらまれたんだろう……? 私、なにか失礼なことしたかな? 昨日のことを思い返してみるけれど全く心当たりがない。
 このクラスには福富くんも新開くんもいない。その上、昨日会ったばかりの人に嫌われてしまった。
 先が思いやられるスタートに不安が広がる。これから二年間、この学校でうまくやっていけるのかな……。

「では、授業を始めましょうか」

 先生の一声でさっきまで緩んでいた教室の空気が引き締まる。
 バッグから新品の教科書とノートを取り出して、授業に集中した。


『昼休み、オレと寿一の三人でメシ食べないか?』二限目の休み時間の間に、新開くんから昼食の誘いのメールが来た。二つ返事で誘いに乗った私は、お弁当を片手に階段を上がる。
 屋上に出ると、爽やかな風が頬をなでた。周囲を見渡してみたけれど福富くんたちはまだ来ていないようだ。
 そわそわしていると、屋上のドアが開いた。

「久しぶりだな、
「よっ、
「福富くん! 新開くん!」

 屋上に来たのは福富くんと新開くんだった。二年ぶりに会った二人は、目鼻がくっきりして大人っぽくなった。

「最後に会ってから二年ぶりになるのか。おめさんかわいくなったな」
「そ、そんなことないよ」

 私なんかより、新開くんの方が変わったと思う。ハンサムになったというか、なんというか。

「まさかオレたちと同じ学校に転校してくるとはな。またよろしく頼む」
「うん、よろしく」

 福富くんに向かって微笑む。福富くんはポーカーフェイスなところは変わっていないけれど、最後に会った時よりもうんと男の子らしくなった。

「まずはメシにしようか。オレ、腹減っちゃってさ」

 新開くんの提案で、昼食を食べながら話をすることにした。腰かけられそうなコンクリートの段差に三人で座る。
 ビニール袋の中からおにぎりやパンを出していく福富くんたちに合わせて、私も膝の上にお弁当を広げ、三人で一緒にごはんを食べ始める。

「福富くんたちは今でも自転車やってるの?」
「あぁ。この学校に入ってすぐに自転車部に入った。それは中学の時と変わらない。は?」
「私は前と同じだよ。特になにもやってない。東京の学校に入った時せっかくだから部活に入ってみようかなぁって思ってたんだけど、中途半端な時期に転校してきたから部活に入るタイミングが見つからなくて……」
「そっかぁ……。そういえば、部活はどうするんだ? ここの学校、強制入部だぜ」
「えっ、そうなの?」

 驚いて二人を見る。

「あぁ、そうだ」
 
 福富くんがコクリとうなずく。どうやら本当のようだ。
 だとしたらどこに入ればいいんだろう。運動部は気後れするし、かといって文化部も色んな部活があって迷っちゃうし……。それに、私は今日この学校に転校してきたばかりの身だ。こんな私でも受け入れてくれる部活はあるのだろうか。

「……そうだ。オレたちのいる自転車部にマネージャーとして入部しないか? 部員が多いわりにマネージャーが一人もいなくてさ。がいてくれたらオレたち大助かりだ」
「で、でも、マネージャーってかわいい女の子がやるってイメージなんだけど……」
「容姿は関係ない。マネージャーに必要なのは、自ら縁の下の力持ちになる志を持った人間だ。手がオイルまみれになっても働ける者じゃないとマネージャーは務まらない」
「まあ、おめさんなら中学の時オレたちのことしょっちゅう手伝ってくれたし、自転車が好きだっていう気持ちもあるからな。オレたちは大丈夫だと思ってるけど、はどうだい?」

 自転車部かぁ……。福富くんたちに言われてちょっと揺らいできたけれど、転校初日の今日いきなり覚悟を決める気にはなれない。

「ゴメン。今日転校してきたばっかりだし、とりあえず保留でもいい?」
「あぁ。が落ち着いた頃でいいよ。ゆっくり考えてくれ」

 新開くんはにこりと笑ってあんパンに大きくかぶりついた。持ってきたペットボトルのお茶のふたを開けて、いつの間にか渇いていた喉を潤す。

はどこのクラスになった?」
「えっと……D組」
「荒北のクラスか」
「荒北?」

 荒北くんって誰だろう。福富くんの言葉に首をかしげる。

「まだ転校初日だしわからないかな。クラスの中に黒髪で、目の細い男いなかった?」
「目の細い男の人……あっ」

 もしかして、今日にらんできた後ろの席の人のことかな……?

「ん? ひょっとして靖友のこと知ってる?」
「う、うん。まぁ……。新開くんたちの知り合い?」
「知り合いというより、同じ部活仲間だよ。去年寿一が連れてきた自転車初心者でさ。口が悪いけどなかなかおもしろいヤツだぜ」
「福富くんたちと同じ部活の人だったんだ……」

 昨日、サイクリングロードで初めて出会って、クラスメイトでしかも後ろの席の人が福富くんたちと同じ自転車部の人だったなんて。これってすごい偶然だ。
 名前は荒北靖友くん。福富くんが連れてきた自転車初心者にして口が悪い男の人。さっきはよくわからない理由でにらまれちゃったけれど、荒北くんと仲良くなれるかな。
 お弁当の卵焼きを箸でつかんで一口食べる。素朴で甘い味わいが口に広がった。