15

 ザーと降りしきる雨の音が聞こえる。雨の音で目が覚めて、掛け時計を見ると時刻は午後の四時だ。

「げほっ、げほっ」

 布団から上半身を起こした直後、咳が出た。さすがに半日で風邪が治るわけないか……。
 今日、いつもよりやけに身体が熱く、何度も咳が出る状態にこれでは学校に行けないと思った私は初めて学校を休んだ。自転車部も初めての休みになる。
 突然休んでしまったけれど自転車部は大丈夫だろうか。この雨だと今日は室内練習で、洗濯物に一苦労するだろう。今日発注しようと思っていた備品、明日に伸びちゃうけど支障はないかな。
 ぼんやりとした頭で部活の心配をしていると、お腹の音が大きく鳴った。そういえば今日はまだなにも食べていない。なにか食べて、風邪薬を飲まなきゃ。
 ベッドから下りるとチャイムの音が聞こえてきた。

「誰だろう……?」

 おぼつかない足取りで玄関まで歩き、ドアを開く。

「…………」

 夢でも見ているのだろうか。荒北くんにそっくりな人が仏頂面で立っている。まさか、荒北くんが私の家に来るはずがない。
 これは夢だと思いそっとドアを閉める。ドンドンドンッとノックの連打音が聞こえた。
 おそるおそるドアを開くと、また荒北くん似の人が立っている。先ほどよりも二割増しで険しい表情になっている。
 どう考えても荒北くんがここに来るわけがない。ドアを閉めようとすると、閉めさせまいと荒北くん似の人の手がドアに伸びる。

「見舞いに来たんだっつーの!! 閉めんなっ!!」

 彼の力強い腕力に、これが夢ではないことがやっとわかった。


 急いで寝間着から私服に着替えた私は荒北くんを家に上げた。とりあえずリビングにあるソファに座ってもらう。
 荒北くんの近くに置いた湯のみに、急須を持って温かいお茶を注ぐ。「どうぞ……」と言うと荒北くんは「サンキュ」と言ってずずずっと茶を啜った。

「って、オレは遊びに来たんじゃねーよ! なに病人が茶用意してるんだっ」
「外すごい雨だったし寒かったかなーって思って……。でも、どうしたの? 部活は?」
「部室のエアコンが壊れたとかで急きょ休み。で、部室前でばったり会った東堂が『はどうした?』って聞いて、風邪で休んでるっつったらなぜか福チャンと新開合わせて四人で見舞いに行くことになった」
「なんで……」
「オレが聞きてーよ。東堂たちは準備があるとかでオレだけ先にお前の家に来た」

 誰に家を教えてもらったのとか色々聞きたいことはあるのだけれど、頭がぼんやりとするのでそれはまた今度にしよう。
 湯のみを置いた荒北くんがぐるりとリビングを見渡す。

「……親は?」
「いないよ。一人暮らし」
「寮があっただろ」
「寮に入ろうとした時、新入生で満室ですって言われちゃって……」
「ふーん……。お前も大変だな」

 荒北くんがソファに背中を預ける。雨がしきりに降る音と、掛け時計が秒針を刻む音がする。

「……風邪は大丈夫なのかよ?」
「まだ咳は出るかな。熱はだいぶ下がった気がするんだけど、明日も学校休むかも」
「お前が風邪ひいたの、もしかして――」
「荒北くんのせいじゃないよ! 最近雨ばっかりだし、それで風邪をひいただけ!」

 合宿のあの日の夜から、私は週に三日のペースで荒北くんの自主練習を手伝っていた。おそらく荒北くんはそれが原因で風邪をひいたんじゃないかと言いたいのだろう。
 自主練習を手伝うようになってから、家に帰ってからの時間が減ったりしたけれど。それが風邪の原因だって思いたくない。

「だから、気にしないで」
「別に何も言ってねぇよ。っていうか、メシは食べたのか?」
「まだ……」
「バァカ! 治るもんも治らねーぞっ! ……ったく、お前はどっか適当な所で横になってろ」

 荒北くんがソファから立ち上がる。まさかとは思うけれど、念のために聞いてみよう。

「……荒北くん、なにするの?」
「決まってンだろ、料理だよ料理」

 ソファで横になり、タオルケットを体にかけて寝たフリをしながら荒北くんの様子を見守る。
 エプロンを着た荒北くんが台所に立っている。ちなみにそのエプロンはいつも私が使っている物でリボンつきだ。……記念に一枚写真を撮りたい。絶対に怒られるからしないけれど。
 荒北くんは意外にも慣れた手つきで土鍋など必要な物を用意し、今はまな板の上に載せたネギを包丁で切っている。

「料理できて珍しいとか思ってんだろ」

 ネギを切ったまま荒北くんが言った。私が見ていることはお見通しのようだ。

「あはは……」
「たしかにオレは料理できねーけどよォ。かゆは作り慣れてるんだ」
「おかゆ好きなの?」
「違う。よく風邪ひくんだよ、オレ」

 荒北くんはみじん切りにしたネギを小皿に移し、今度はショウガを切る。その時、玄関からチャイムの音が聞こえた。

「福富くんたちかな。私出てくるね」