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 玄関のドアを開くと、雨に濡れた東堂くんが立っていた。

「登れる上にトークも切れる! 雨に濡れてもこの美形! 天はオレに三物を与えた!」

 そっとドアを閉める。

「すまんちゃん! 開けてくれ!」

 ドアを開けて東堂くんを家に入れる。脱衣所からタオルを持ってきて、リビングに入ると

「荒北なんだその格好は! 写真撮ってやろうか!」
「っせ! 卵ぶつけんぞ!」

 笑いながら指さす東堂くんと、卵を片手に言い返す荒北くん。やっぱり、東堂くんもそう思うよね。東堂くんにタオルを手渡す。

「随分濡れてるけどどうしたの?」
「強い風に傘が壊れてしまってな……。せっかく寮に戻って身だしなみを整えてから来たというのに、これでは美形が台無しだ」
「福チャンたちは買い物行くっつってたけどオマエは寮戻ってたのかよ」
「あぁ。人様の家にお邪魔するのだ。カチューシャも白から紺に変えてきたのだぞ」
「知らねーよそんなの」

 荒北くんがうんざりしながら、卵を割り茶わんに入れて箸で溶いていく。

「……ところで、荒北はさっきからなにを作っているのだ?」
「かゆだ。が今日まだなにも食ってねぇっつうんだよ」
「荒北……お前料理できるのか!? 調理実習の時ほとんど班の人任せだって聞いたぞ!」

 そういえばこの前の調理実習で荒北くんは始終寝ていたような……。東堂くんもこう言っているし、本当に大丈夫なのだろうか。

「っせ! 黙って待ってろ!」


 しばらくして、ダイニングテーブルに私の隣には東堂くん、私の向かいにエプロンを脱いだ荒北くんが座る。
 私の前には卵がゆの入った小ぶりの土鍋、東堂くんの前には小皿が置かれている。

「見た目は普通のかゆだな。味はどうだか」
「るっせーな。嫌なら食わなきゃいいだろ」
「それはならん。ちゃんに万が一のことがあったら大変だからな。オレが毒見役をする!」
「…………」

 にらむ荒北くんの前で、東堂くんがおかゆを食べる。もぐもぐもぐ……よくかんで、私に向かってうなずく。「大丈夫だ」というサインなのだろう。箸を手に取り、おかゆを一口食べる。

「おいしい……!」
「だろォ?」

 お世辞抜きで荒北くんのおかゆはおいしかった。卵と梅干しが入ったかゆで、昆布茶で味が調えられていて体調が悪くないときにも食べたい味だ。

「味が薄い気がするけどな」
「かゆだからな。味濃くちゃダメだろ」

 相変わらず仲の悪い二人のやり取りに笑みがこぼれる。このタイミングで笑ったのが気になったのか、荒北くんと東堂くんが私の方を見た。

「ゴメンゴメン。家では一人でごはん食べることがほとんどだから……。なんだか、にぎやかだなって思って」

 二人は同時に笑って、

「バァカ。なんか寂しいヤツみてぇ」
「ふっ、ならばこの東堂尽八! ちゃんがおかゆを食べている間食卓をにぎやかにしようではないか!」
「始まった……。なっげぇぞ」
「先月のヒルクライムレースのことだ、そこでオレは巻ちゃん……千葉の総北高校二年の、巻島裕介というヤツに会ってだな」

 東堂くんのお喋りを聞きながらおかゆを食べる。時々荒北くんのツッコミが入り、にぎやかな食卓の中あっという間におかゆを完食した。

 洗い物はオレがやると譲らない荒北くんたちがジャンケンをしている間にまたしてもチャイムが鳴った。ドアを開けると福富くんと新開くんだ。二人の手には色々な物が入った買い物袋が下がっている。

「遅れてすまない」
「よっ、
「お見舞いに来てくれてありがとう」

 福富くんたちを家に上げて、リビングまで案内する。
 福富くんと新開くんが、買ってきた物をダイニングテーブルに広げる。スポーツドリンクやレモンが入った飲料、バナナやりんごやプリン、レトルトのおかゆなどが並ぶ。

「風邪にはプリンも意外といいんだぜ。これ食って早く元気になれよ」
「ありがとう……! ……でも、いまさらなんだけどみんなに風邪うつらないかな」

 みんな集まったところで、一番気がかりなことを言ってみる。

「オレは強い。風邪はひかん」
「大丈夫だちゃん! 美形男子は風邪をひかないのだよ!」
「オレも大丈夫だよ。部活仲間が調子悪いのに放っておけないだろ?」
「……風邪はひきなれてる」

 最後に荒北くんが不安をあおったけど、とりあえず大丈夫そうだ。
 ピンポーン。本日四度目のチャイムが鳴った。福富くんたちは全員揃っているけれど今度は誰だろう。

「他に誰か誘った?」
「いや、誰も誘っていない」

 念のために福富くんに聞いてみると、首を左右に振り知らないと言う。宅配便屋さんかな……? 玄関のドアを開けると、チャイムを鳴らしたのは私のよく知っている人だった。

「こんにちは~。母がこれ持っていけって」

 お隣さんの真波くん。じめじめした湿気を吹き飛ばすような爽やかスマイルを浮かべて、さくらんぼがたっぷり入ったパックを私に差し出す。

「……あれ? 男の人の声が聞こえる。誰か来てるんですか?」
「今部活の人が来てて……」
「えっ!? 部活って自転車部の!? オレ、一回会ってみたいなぁ!」
「……じゃあ、上がる?」

 こうして、真波くんが私の家に上がった。
 私を含めて六人がリビングに集う。こうやって大人数が部屋に集まると、なんだかリビングが狭くなった気がする。

さんの隣の家で、箱根第二中三年の真波山岳っていいます。よろしくお願いします」

 自己紹介を済ませた真波くんが、自転車部の活動について福富くんたちに質問をしていく。しばらく遠くから見守っていたけれど、頭がぼうっとしてきた。風邪治ってないのに無理しすぎたかな……。みんなに気づかれないように、足音を殺してリビングから出る。