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花火が終わるとお祭りの喧騒が戻ってきた。人混みの流れを見ると、出口方面に向かう人が多い。そろそろ祭りもお開きだ。
「やべっ、こんな時間! オレあっちの屋台のチョコバナナ気になるんだよなぁ」
「オレもりんごあめが気になる」
花火の間に新開くんと福富くんは、手に持っていたチョコバナナとりんごあめを全部食べたようだ。わざわざ同じ物を別の屋台で買って食べる意味があるのだろうか……。
「オレも別の屋台のきゅうり漬けが気になる」
悠人くんもお兄さんにそっくりな思考の持ち主だ。
「そろそろ帰らないと千葉に戻れねぇっショ」
「いかん! そういえば巻ちゃんは帰る時間だったな! 今日はこれでお開きということになるが……ちゃんたちはどうする?」
「お祭り満喫したし私も帰るよ」
「オレも帰る。レース帰りでくたくただ」
これで福富くんたちはお祭に残り、私や東堂くんたちは帰宅組に分かれた。
「今日はあんまり一緒にいられなくてゴメンな。今度みんなでどっか遊びに行こうぜ。裕介くんもレースで会ったらよろしくな」
「あぁ、ヨロシク」
新開くんと巻島くんが握手を交わす。新開くんたちは手を振ると、屋台の方角に消えていった。
「さて、オレたちも帰るぞ!」
人混みに紛れてはぐれないように東堂くんたちの背中を追いかけ、祭の会場から出る。
「オレは巻ちゃんを駅まで送っていくが、ちゃんの家は反対方向だったな。遠回りさせるわけにはいかんし……」
「オレが送っていく。だったら問題ねェだろ」
「いいの……? 荒北くん寮に帰るのが遅くなっちゃうんじゃ」
「メンドクセーけどお前になにか起きるとさらに面倒だし。お前送ってとっとと帰るわ」
「ならん、ならんよ! 荒北の場合、そこらへんの不良とぶつかってケンカをしそうだっ」
「しねーよっ! 福チャンとケンカはしないって約束してるっつの」
「ちゃん、なにかあったらオレやトミーに電話するのだぞ! 緊急のときは110番だっ」
「う、うん」
荒北くんの眉間にしわが寄る。喧嘩が勃発しそうな空気の中、巻島くんが割って入った。
「、今日はサンキュ。一日楽しめたっショ」
「こちらこそ今日はありがとう。お面、大事にするね」
「今度はレースで会おうぜ。東堂がヒルクライムのレースに出るときは大体オレも出るっショ」
「うん。絶対に見に行くよ」
東堂くんと巻島くんが一歩踏み出す。
「じゃーな」
「またなちゃん! 荒北、責任を持ってちゃんを送るのだぞ! もし道がわからなくなったら――」
「わかるっつーの!!」
東堂くんたちが駅方面に消えていく。
「さて、とっとと帰っぞ」
「うん」
しばらく歩くと人気の少ない道に出た。荒北くんの隣に並び、街灯が照らす夜道を二人で歩く。
「今日のレースどうだった?」
「七位。最後スプリンターに負けた」
荒北くんは悔しそうにつぶやいたけれど、これは結構いい成績だ。一年前までは自転車初心者だった彼が、経験者にも負けないほどの実力をつけてきている。
『荒北はオールラウンダー……今はまだ経験を積み重ねている途中だが、アイツが力をつけてきた頃、エースアシストとして活躍してもらおうと思っている』
合宿の時に福富くんが言っていた言葉を思い出す。福富くんのエースアシストとして活躍する日もそう遠くないだろう。
「前から聞きたかったんだけど、お前自転車乗るんだろ? レースには出ないのかよ」
「私は……何回か出たことがあるけれど、誰かと競うより自由に走る方が好きなんだ」
荒北くんに言われて昔のことを思い出す。前に、福富くんの勧めで何回かロードレースに出場したことがある。
普段は車が走っている道をレース中は自由に走れることに爽快な気持ちになったけれど、同時にレースには順位がつきものだ。いつの日か順位を意識しすぎてしまい、ペダルを回す足が重く感じた私はレースに出ることをやめた。
時々、自転車がうまい人を見てうらやましくなったりするけれど、私はこのままでいいと思っている。それに――
「自転車に乗るのも好きだけど、今は色んな人の成長を見ているのが楽しい」
次第に力をつけていく荒北くん。最近では泉田くんの成長にも目を見張るものがあるし、他の部員だって負けていない。他の人の成長を見るのが本当に楽しいのだ。
「ふーん……。ならいいけどよ」
会話が途切れ、夜道に二人分の足音が響く。無言で歩いていると向こう側から野球のユニフォームを着た少年二人が走ってくる。
「待てよー」
「へへっ、負けたらアイスおごりなっ!」
少年たちが私の横を走り抜ける。何歳ぐらいの子だろうと思いながら歩いていると、隣に荒北くんがいない。
「荒北くん……?」
立ち止まり後ろを振り返る。荒北くんは足を止めて少年たちを見ていた。
「荒北くん」
「あっ……ワリィ」
荒北くんが私の隣に並び、歩き始める。
「どうしたの? 体調でも悪い?」
「別に……。ちょっとレースで疲れただけだ」
元気のない声に、それ以上追求するのをやめて空を仰ぐ。さっきまで大輪の花が咲いていた夜空は今は星が瞬くのみ。花火の名残りである煙が空にうっすらと浮かんでいるのが見える。
「……お前はさ、誰かとケンカ別れしたことってあるか?」
荒北くんの横顔を見る。彼はまっすぐ前を向いたまま、小さな声で語り続ける。
「オレはあるんだけどよ。そのせいか、最近時々夢に見るんだ。あの時は自分のことでいっぱいいっぱいで、今ではそいつをひどく傷つけたなって思ってる。そいつとは別の学校だし、連絡先も知らない。いまさらどうすることもできねェっつうのに。……なんでこんな夢を見るんだろうな」
弱々しく笑う荒北くん。その横顔は憂いに満ちていて、悲しそうな顔に胸がきつく締め付けられる。
なんとかしてあげたい。胸に強く気持ちが芽生えて、私なりの答えを探す。
罪悪感に押しつぶされそうな荒北くん。そんな彼に、私がかけられる言葉は――
「荒北くんが謝りたいって気持ち、その人にも届いていると思うよ。だって、荒北くん優しい人だし」
寂しそうな荒北くんの横顔から、喧嘩した人はよほど仲のいい人だったんだと思う。
もし、私が荒北くんと喧嘩したら。荒北くんのことを恨み続けるだろうか……?
答えはノーだ。荒北くんとは短い付き合いだけど、不器用な言葉の裏に優しさが隠れていることを知っている。
これから先、気持ちのすれ違いで喧嘩することがあるかもしれない。でも、口が悪くても優しい人であることを知っているから荒北くんを責める気にはなれない。
きっと、その人だって、荒北くんの気持ちに気づいているはずだ――
「バァカ。そんなお面着けてる女に言われても説得力ねぇし」
「きゃっ」
お面をずらされて視界が真っ暗になる。手探りでお面を動かすと、一瞬、穴の開いた部分から荒北くんの泣きそうな顔が見えた。
ようやくお面を取って荒北くんの顔を見る。――さっきのは見間違いだったのだろうか。眉根を寄せ、口をへの字に曲げ、いつもの不機嫌そうな荒北くんがそこにいた。
「っていうか、そのお面何なんだよ。ヤギ?」
「アルパカだと思うけど」
お面をはずしてまじまじと見る。何度見ても微妙で愛着がわくデザインに、くすりと笑みがこぼれる。
「センス悪ィ」
「これ選んだの巻島くんだよ?」
「あー、東堂のダチかァ。似たもの同士ってヤツだな」
あきれた顔でお面を見る荒北くん。
「ほら、とっとと行くぞ」
「うん」
歩きながら荒北くんの横顔を盗み見る。やっぱり、いつもどおりの荒北くんだ。
「……ありがとよ」
「えっ」
荒北くんが微かに発した言葉を聞き逃してしまった。
「荒北くん、今なんて言ったの?」
「さあな。知らねーよ」
荒北くんの歩調が速くなる。疑問符を浮かべたまま荒北くんの背中を追いかけ、花火の煙が残る夜空の下を共に歩いた。