遊んでばっかりのように見えるけれど、一応これでも受験生だ。今日は特に予定もないし、図書館に行ってみっちり勉強しよう。
 そう思った私は午前中から図書館に足を運んだんだけど……

「「あ」」

 ――荒北くんと、ばったり会ってしまった。
 席に座っていた荒北くんが、私を見て目を眇める。

「前々から思ってたんだけどテメーオレの後つけてんじゃねーだろうな」
「そんなことしないって」

 箱根にいるかぎりどんな場所にいてもばったり会う可能性はあるわけで。私をストーカー扱いしないでほしい。

「にしても、あの荒北くんが勉強ねぇ」

 珍しい光景にニヤニヤしながら眺める。
 荒北くんの席には参考書やノートが広げられていて、ちゃんと真面目に勉強しているようだ。

「るっせ! 邪魔すんだったらとっとと帰れ!!」

 と言われたものの、せっかくここまで来たのに荒北くんの言うことを聞いておとなしく帰るわけにはいかない。

「なんでそこ座んだよ」

 向かいの席に座ると、荒北くんが嫌そうな顔をした。

「どうせだったら一緒に勉強した方が集中できるかなぁって思って」
「ちぃっ」

 私にもわざと聞こえるように舌打ちをしたけれど、荒北くんはそれ以上はなにも言わずに勉強を始めた。

 荒北くんとは、一緒に遊園地に行ってから数日ぶりに再会した。荒北くんは知らないだろうけれど、色んなことでドキドキさせられて……。次会ったらどんな顔をして会えばいいんだろうと思ってたんだけど、いざ顔を合わせばいつもどおりだ。
 荒北くんは真剣な顔で、参考書とにらめっこしつつノートに答えを書いている。真面目に勉強してるなぁ。
 私も偉そうなことを言えるほど勉強ができるわけじゃないけど、荒北くんはいつもテストで赤点をとって補習を受けていたから、今見ている光景が夢のようだ。

「そんなに一生懸命勉強して、大学は決まってるの?」
「洋南大だよ」

 私の問いに荒北くんが即答した。

「洋南大って静岡にある名門校じゃん。自転車部あったけ?」
「あるって噂だけどよ、自転車部目当てで行くんじゃねーよ」
「じゃあなんで……?」

 荒北くんが自転車部以外のことで洋南大を志望する理由が思い浮かばない。
 率直に尋ねてみると、荒北くんは不敵に笑ってこう言った。

「目標は高い方が燃えんだろ」

 それを聞いて、おもわず頬が緩んでしまった。
 いつもメンドクセーだのなんだの言いながら、ひたすら部活動に打ち込んできた荒北くん。そんな彼がわざと高い目標を設定して勉強に励んでいるのは納得できる理由だ。

「それなら勉強頑張らなくちゃね」

 荒北くんとのおしゃべりに夢中になって、ここに来た本来の目的を忘れちゃいけない。机の上に勉強道具を広げて、私も受験勉強を始める。
 集中力が途切れそうになった時、こっそり荒北くんの様子を見た。

「えーっと、ここはこれを代入して……」

 ひとりでぶつぶつ言いながら参考書の問題を解いている荒北くん。勉強を頑張っている荒北くんの姿を見て、私は何度も励まされた。


 静かな環境のおかげで勉強に集中できたものの、十二時を過ぎるとだんだんお腹が減ってきた。

「あー、腹減った」

 図書館から出た荒北くんが大きく伸びをして、お腹をさする。

「お昼食べに行こっか」

 後をついて歩いていると、荒北くんがぴたりと立ち止まった。

「オメーもついてくんのかよ」
「ひとりじゃ寂しいと思って」
「……まぁいいけどよ」

 荒北くんがズボンのポケットに手を入れてつかつかと歩く。

「どこに行くの?」
「いつも行ってるとこだよ」

 荒北くんがいつも行っているお店ってどこだろう。ラーメン屋にファミレスに、色々妄想を膨らませていると、お店の前にたどりついた。ここはチェーン店の中華料理屋だ。

「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ」

 お店に入った時に出迎えてくれた店員さんに席を案内してもらい、奥のテーブル席に座る。
 店内は年季の入った壁や席に、壁には新メニューの告知ポスターが貼られていた。他のチェーン店の中華料理屋には行ったことがあるけれど、このお店に来るのは初めてだ。
 テーブルの隅に立てかけられてあったメニュー表を手に取って広げる。ラーメンから丼ものまで、色んなメニューが揃っていた。

「どれにしようかなぁ」
「オレはチャーシュー麺」

 お店に来る前から決めていたのか、メニュー表を見ずに荒北くんが答えた。

「私もそれにしようかな。すみませーん」

 店員さんにチャーシュー麺をふたつ注文して少し待った後、注文していたラーメンがきた。
 昔ながらの中華そばに、薄いチャーシューが何枚か載っている。

「いただきます」

 ラーメンの食べる順序にこだわりはないけど、今日はスープから飲んでみることにする。
 れんげでスープを掬って一口飲む。醤油ベースで親しみなれた味だ。
 続いて麺も食べてみる。麺もほどよい太さで、スープにからんでいておいしい。
 定番の味だけど、なんでお店で食べるとこんなにもおいしく感じるのだろう。あっという間に平らげてしまいそうだ。

「ここの常連さんなの?」
「まぁな。福チャンたちとよくここに来てたんだ」

 ずるると麺をすする荒北くん。豪快な食べっぷりが見ていて気持ちがいい。
 ラーメンを食べ終えた後、荒北くんが追加でなにかを注文した。少しした後、店員さんが餃子を一皿持ってきた。

「オレのおごりだ。食ってみろよ」

 荒北くんの笑みには、なにか計画犯めいたものを感じる。
 この餃子にはなにかがあるはずだ。たれをつけずにそのまま一口食べてみる。
 これは、バナナとチョコ……これってもしかして、

「なんだ、チョコバナナ餃子かぁ」
「なんで平気なんだよ!」
「前友達と別の中華料理屋に行った時に食べたことがあるんだよねぇ。もしかして、私をハメようとしてた?」
「ぐっ」

 私の反応に相当期待していたのか、悔しそうな顔をする荒北くん。

「よかったら一口食べる?」
「いらねーよ」
「そう言わずにほらほら」

 さっきの仕返しに、荒北くんの口にチョコバナナ餃子を強引にねじこむ。

「あっめ!」
「チョコバナナ餃子だから」


 腹ごしらえが終わったら勉強再開だ。
 中華料理屋を出た後、荒北くんとふたりで図書館に向かっていると、個人経営の文房具屋を見かけた。

「文房具屋寄ってていい?」
「オレは先行くぜ」
「そんなこと言わずに~」

 つれないことを言う荒北くんの腕を引っ張って、文房具屋の中に入る。

「あ、この消しゴム可愛い」

 エンド売り場に陳列されている消しゴムに興味を惹かれた。どうやらこの消しゴムは、最近新しく発売されたものばかりらしい。

「どの文房具も見た目が違うだけだろ」
「わかってないなぁ。こういう可愛い文房具が勉強のやる気につながるんだよ」

 ふと、別のエンド売り場に目をそらすと、また気になるものを見つけた。売り場に飾られているポップには「Bianchi」とかかれている。
 自転車のことはよくわからないけれど、荒北くんがいつもあのメーカーの自転車に乗っているから名前だけは知っている。
 そこの売り場にはBianchiのロゴが入ったシャーペンや消しゴムなどが売られていて、どれも青緑色をしていて可愛らしい。

「前から思ってたんだけど、荒北くんの自転車の色、かわいいよね」
「……前も言ったけど、あの自転車元は福チャンが持ってたんだからな。オレが選んだんじゃねーよ」
「なるほど。福富くんって怖そうに見えるけど、可愛いものが好きなんだね」
「ちげーよバカ」

 声を大にして否定されてしまった。
 荒北くんの逆鱗に触れたみたいだけど、いつものことなのでスルーしておく。

「買っちゃおうかなぁ。荒北くんもどう?」
「いらねーよ」

 と荒北くんは言っているものの、この商品は数量限定で、今のチャンスを逃したら次にこのお店に来た時買えるかどうかはわからない。荒北くんに気づかれないようにシャーペンを二本手に取る。

「じゃあ、お会計済ませてくるからお店の外で待ってて」

 荒北くんがお店の外に出たことを確認して、会計を済ませる。
 外に出ると、荒北くんが待っていた。

「お待たせ」
「とっとと行くぞ」

 歩き出そうとした荒北くんに、さっき買ったばかりのシャーペンを差し出す。

「これあげる」
「これって、さっきのシャーペンじゃねェか」
「二本買ったんだ。いらなかったら、誰かにあげていいから」

 値段もそんなに高くないし、もし捨てられたとしても私は構わない。

「……サンキュ」

 荒北くんがそっとシャーペンを受け取る。
 やっぱりそのシャーペンが欲しかったのだろうか。どこか照れくさそうだ。

「荒北くんも可愛いものが好きなんだね」
「ちげーっつーの!!」

 そんなに怒らなくてもいいのに。耳の鼓膜が割れそうな勢いで否定されてしまった……。


 文房具屋で買ったシャーペンは、午後図書館に戻った時から早速使い始めた。
 夜、自分の部屋で受験勉強をしている時、ふと新しいシャーペンに視線を落とした。
 青緑色――後で荒北くんに聞いた話、これはチェレステカラーというらしい。何度見ても可愛いなぁ。
 ……あ、そういえばこれ、荒北くんとお揃いじゃん!
 今さら気がついて顔が熱くなる。午後荒北くんも同じシャーペン使ってたんだけど、気づかなかったのだろうか。
 なにも言ってこないということは、たぶん気づいていないのかもしれない。近いうちにこんなモン使えねーよって苦情がきたらどうしよう……!

「!」

 机に置いた携帯に、誰かから電話がかかってきた。電話をかけてきた相手は……えっ? 荒北くん?

『もしもし』

 電話に出ると、荒北くんの声が聞こえてきた。
 近くに誰かいるのだろうか。受話口から別の人の声がかすかに聞こえてくる。

『今、ヒマか?』
「一応は……」
『今度空いてる日を教えろ。キャンプ行くぞ』
「……はい?」

 唐突すぎるお誘いに、頭の中で大きな疑問符が浮かんだ。