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約束の日の当日、遊園地の前に行くと荒北くんを見つけた。
少し早めに来たつもりだったんだけど、まさか先に待っているとは思わなかった。駆け足で荒北くんのもとに近づく。
「おはよう」
「はよ」
「早く来るなんてびっくりしたよ」
「別に、こんくらい普通だろ。とっとと行くぞ」
「うん」
この前の福引でもらったチケットを使って遊園地に入ると、先に入った荒北くんが周囲を見渡した。
「遊園地なんてガキの頃以来だぜ」
開園してからそんなに時間は経ってないのに、遊園地は多くのお客さんでにぎわっている。
ジェットコースターから聞こえる絶叫に、色んなアトラクションの音に混じってお客さんの笑い声が聞こえてくる。
私も遊園地に来るのは久しぶりだけど、こうやって色んなアトラクションを見ていると童心に返ってしまう。
「まずはジェットコースターに乗ろうか」
今日はフリーパスですべてのアトラクションに乗ることができるから、ひとつでも多くのアトラクションを楽しみたい。そのために今日どこのアトラクションをまわるのか、事前に計画は立てている。
荒北くんと一緒にジェットコースター乗り場に向かう。実は、ジェットコースターは正直あんまり得意じゃないけど、もしかしたら荒北くんの怖がる顔が見れるかもしれない。いやぁ、楽しみだなぁ!
そう思って、ジェットコースターに乗ったのだけれど……。
コースターが音を立ててゆっくりと上がっていく。
隣を見ると、荒北くんはこれからくるであろう急降下に備えて固唾を飲んでいた。
「もしかして、ジェットコースターって苦手?」
「苦手じゃねーよ! ちっ、来るなら早く来いっつーの。ちまちまちまちまじらしやがって」
荒北くんは強気に言ったものの、安全バーをにぎる手に力が入っている。
言われてみればこの絶妙なじらし具合、たしかに怖いかも……。
「ハッ、オメーだって今にも泣きそうな顔してんじゃねーか」
「わ、私は平気だよ、これくらい……」
一番高い所でコースターがぴたりと止まる。一分近くもの静寂に、もしかしてなにかトラブルでも起こったんじゃないかと思ったのもつかの間……
「うおおおおおおお!!!!」
「ぎゃああああああ!!!!」
ジェットコースターがいきなり動き出して、レーンを一気に下る。
その時頭が真っ白になって、ゴールに着くまでのことはなにも覚えていない……。
「なかなかやるじゃナァイ」
ジェットコースターに乗り終わった後、荒北くんが平気そうなフリをして言った。
「普段自転車乗ってるのにこういうのは苦手なんだね」
「自転車に乗るのとジェットコースターに乗るのは全然別モンだよ」
自転車乗りはみんなジェットコースターが得意というわけでもないみたいだ。
まぁ、荒北くんの怖がる顔が見れたし、無理してジェットコースターに乗った甲斐があったかもしれない。
「まさかオメー、オレがビビると思ってジェットコースター選んだんじゃねェだろうな」
「さ、さぁ!」
真実を言い当てられておもわずドキリとしてしまった。半眼でこちらを見る荒北くんに笑ってごまかす。
ジェットコースターを楽しんだ後、次に向かったのはコーヒーカップだ。列に並んでいるとすぐに順番がきて、コーヒーカップに乗ると、円状にゆっくりと動き出した。
「意外にゆっくりなんだな」
「速くしたいときはこうするんだよ」
中央にあるハンドルを回すと、コーヒーカップが勢いよく回転した。
「ば、バカ、回しすぎだ!」
「あははー」
荒北くんの困る顔を見るのが楽しくて、調子に乗ってハンドルを回し続ける。
限界まで回し続けると、あっという間に終わりの時間がきてしまった。
「目がぐるぐるする……」
「バァカ。自業自得だよ」
ジェットコースターといい、コーヒーカップといい、遊園地は案外体力勝負なのかもしれない。
私がもたもたしている間に荒北くんがコーヒーカップから降りる。他のお客さんの迷惑になっちゃうし、私もそろそろ降りなきゃ。
「きゃっ」
コーヒーカップから降りようとすると、着地に失敗してバランスを崩してしまった。
倒れそうになった私を、荒北くんがとっさに肩を支えて助けてくれた。
「あ……」
一瞬の間、至近距離で荒北くんと見つめあう。
荒北くんはぼうっとした後、目を眇めて私の肩から手を離した。
「ほら、さっさと行くぞ」
「う、うん」
今度はコケたりしないように、注意しながらコーヒーカップから離れる。
両肩には、荒北くんの手のぬくもりがまだ残っているような気がした……。
ベンチで少し休んだ後、今度はゴーカートに乗ることにした。
列に並ぶと、すぐに私たちの番がきた。
「運転はよろしくね」
運転席には荒北くんに座ってもらって、私は助手席に座る。
「メンドクセーなぁ」
荒北くんは悪態をつきながら、しぶしぶハンドルを握った。
――計画通り。荒北くんに気づかれないように、黒い笑みを浮かべる。
ゴーカートは子ども向けのアトラクションだと思われがちだけど、ここの遊園地のゴーカートは、普段車を運転している大人でも難しいという噂だ。
「アクセルはこっちでいいのか?」
荒北くんが足元にあるアクセルを踏むと、車がゆっくりと動き出した。
さすがの荒北くんもこのアトラクションには苦戦するだろう。もちろん、運転が下手だったときは遠慮なく笑うつもりだ。いやぁ、その時が楽しみだなぁ。
この時の私はそう思っていたのに、それがまさかあんなことになるなんて……。
「うらああああああ!!」
「ぎゃああああああ!!」
コース中に荒北くんの咆哮と私の悲鳴が響き渡る。
これは本当にゴーカートなのだろうか。本物の車顔負けの速度で、コースを突っ走る。
速い速い!! しかも運転が荒いから、さっき乗ったジェットコースターの何倍も怖く感じる!!
「あ、荒北くん! レースじゃないんだから落ち着いて!」
シートベルトを握りしめながら、荒北くんを必死に宥める。
「落ち着いていられっか! これで終わりかよ、もっと全力出せんだろって、さっきからうずうずして仕方ねェんだ!!」
今の荒北くんは完全に飢えた野獣モードだ。血眼でハンドルを握りしめて、アクセルを力強く踏み込む。
「ぎゃあああああああ!!」
まるで本物の車のように加速するゴーカートが本当に怖くて、心の底から悲鳴を上げる。
もし荒北くんが免許をとったら彼の運転する車には絶対に乗りたくないなぁ。地獄のような時間の中、私はひそかにそう思ったのだった。
その他にも色んなアトラクションを楽しんでいたら、あっという間にお昼になった。
そろそろ休憩したいし、屋外のフードコートでごはんを食べることにする。
先に自分のごはんを用意して待っていると、荒北くんが戻ってきた。
「なに買ってきたの?」
「唐揚げセットだよ」
荒北くんが持っているトレーにはペーパーボックスが載っていて、その中には唐揚げとポテトが入っている。
一緒に頼んだドリンクの中身はきっとベプシだろう。荒北くんはベプシが好きで、飲んでいるところをしょっちゅう見かける。
「ここの遊園地はチュロスもおいしいんだよ。はい」
私の食べかけのチュロスを差し出すと、荒北くんが一口食べた。
「あっま」
「だって、チュロスだから」
差し出したチュロスを戻して残りを食べる。
そういえばさっきのって間接キスなんじゃ……。いまさら気づいたけどそれ以上は考えないようにした。
「しっかし、遊園地って結構体力使うんだな。まだ昼なのに疲れたぜ」
と言いながらも、ベプシを飲んだ荒北くんは笑っている。
誘ったのは私の方だけど、荒北くんとふたりで遊園地を楽しむことなんてできるのだろうか。
前日までは不安と緊張でいっぱいだったけれど、いざ当日を迎えたら楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまった。
やっぱり、荒北くんとは相性がいいんだなぁ。私の視線に気づいた荒北くんが半眼で見つめ返す。
「なんだヨ」
「なんでもない」
「にしても、こうやってのんびりすんの久しぶりだなァ」
「この前、土手で日向ぼっこしてなかったっけ?」
「それとこれとは別だっつーの。部活がある時は悠長に遊んでいるヒマなんてなかったからな」
荒北くんが笑いながら頬杖をつく。そういえば今年のインハイ、自転車部は負けたんだっけ。
荒北くんは今年箱根学園の代表のひとりとしてインハイに出場した。彼がインハイでどんな活躍をしたのかは知らない。私が知っているのは、インハイの結果だけだ。
今年がインハイに出れる最後のチャンスだったのに。誰もが箱根学園が勝つと疑わなかったインハイで、他校に敗れて準優勝に終わってしまった。
惜しい結果に終わってしまったけれど、荒北くんは悔しくないのだろうか。
気になるけど、楽しい時間を台無しにしてまで荒北くんに聞こうとは思わない。過去の話を蒸し返して暗い気持ちにさせるより、もっと一緒に楽しい時間を過ごしたい。
「また遊びに誘ってあげよっか? 夏休みの間はヒマだし」
――なに言ってんだ。そんなヒマじゃねーっつの。
そんな答えが、きっと返ってくると思っていた。
「まぁ、気分が乗ったら付き合ってやんよ」
まんざらでもなさそうに、カップのストローをまわす荒北くん。
意外な反応に、いつの間にか心臓の音がうるさくなってしまった。
荒北くんはただのクラスメイトだ。別に、好きなわけじゃないんだから……。
こんなにドキドキしてしまうのは、自分で思っている以上に異性への免疫がないのだろうか。
だとしたらなおさら、荒北くんにはバレないように気をつけなきゃ。こんなことを知られたら、きっとからかわれてしまうはずだ。
その後も閉園の時間ぎりぎりまでアトラクションを堪能して、あっという間に夜になってしまった。
「あー、今日は疲れたぜ」
帰り道を歩きながら、大きく伸びをする荒北くん。
「今日は自転車じゃないんだね」
「一応あれは福チャンからの借り物なんだ。駐輪場に置いて盗まれでもしたら困るからな。今日は置いてきた」
ロードバイクは高いもので、百万円以上するものもあるという。
ロードバイクが盗難されたというのはめずらしい話でもないし、ママチャリみたいに気軽に使える交通手段というわけでもないようだ。
ふと、空を仰ぐと満天の星が見えた。空の変化に今日一日、荒北くんと一緒に過ごしたことを改めて意識する。
――まぁ、気分が乗ったら付き合ってやんよ。
昼食の時にした話を思い返すたびに、胸が甘酸っぱい気持ちで満たされてしまう。
次はどこに行こうかな……。今の時期だと水族館もいいし、いっそのことまたボーリングに行って、この前のリベンジをするのもいいかもしれない。
「ねぇ、次はさ」
荒北くんに、次のお出かけの話を持ち出そうとした時だった。
話の途中で、向こう側にロードバイクに乗って走っている人の姿が見えた。
「あれ? 靖友?」
そのまま通り過ぎるかと思いきや、わたしと荒北くんの前で停止した。
「げっ、新開」
荒北くんが一歩後ずさる。
暗くてすぐにわからなかったけれど、声をかけたのは荒北くんの部活仲間の新開隼人くんだった。
新開くんがヘルメットを取ると、私に視線を移した。
「こんばんは、さん」
「こんばんは……ってあれ? 私の名前」
「あぁ。靖友からよく話を聞いているんだ。いつも話しかけてくれるクラスメイトがいるって」
「っせ! 誤解を招くこと言うんじゃねーよ」
なるほど、道理で私の名前を知っているわけだ……。って、そうじゃなくて!
夜、荒北くんと一緒に歩いているところを見られたということは、勘違いされてもおかしくはないわけで。
「にしても水臭いな。彼女ができたのなら教えてくれればいいのに」
「ちげーよ! コイツはただのクラスメイトで、この前当たった福引でたまたまその……一緒に出かけただけだっつーの!」
「そうそう! 私たち、なんともないから!」
「ふーん」
必死に弁解を試みるものの、新開くんから返ってきたのは適当な相槌だった。
「じゃあ私、家が近くだから……」
本当はもう少し先だけど、これ以上この場に留まるのは気まずい。
「じゃあね、さん」
「じゃーな」
「うん。ばいばい」
逃げるようにそそくさとその場を離れる。
荒北くんたちから完全に遠ざかった後、夜道で私はひとり頭を抱えた。
どうしよう! ふーんとか相槌打ってたけど、絶対付き合ってるって思われてるに違いない! どうやって誤解を解こう……!
家に帰った後も、新開くんのことが気になって仕方がなくて、寝る前に荒北くんにメールを送ることにした。
新開くんは大丈夫だった? 変な誤解されていない?
聞きたいことはたくさんあったけれど、あれこれ考えていたら、今日一日時間を割いてくれたことに対してお礼を言ってなかったことに気がついた。
――今日は楽しかったよ。ありがとう。
こんな文面、いつもの私なら恥ずかしがってきっと送らなかっただろうけれど。このメールを打っていた頃にはうとうとしていた私はそのまま勢いで送信して、その後はすぐに寝てしまった。
そして翌朝、自然と目が覚めて起き上がると、誰かからメールがきていた。寝ぼけ眼で携帯を開いてメールを確認する。
――オレでよければまた付き合ってやるよ。
メールを見た瞬間、一気に目が覚めた。
荒北くんとはただのクラスメイトだ。それ以上でも、それ以下でもない。
激しく鼓動を打つ左胸に手をあてて、自分にそう言い聞かせる。