箱根学園に転校してから、あっという間に一週間が経った。何人か友達ができたし、授業にもすぐに追いつくことができた。
 福富くんたちとは転校初日の昼休みに会ってから話をしていない。あの時自転車部のマネージャーに誘われたけれど、そろそろ返事した方がいいかな?
 福富くんたちに比べれば下手な方だけど、自転車に乗ることは好きだし、見るのも好きだ。休みの日には自転車に乗ってサイクリングを楽しんでいるし、時々ロードレースのDVDを見ては観戦を楽しんでいる。
 マネージャーの経験はないけれど、みんなの力になれるのだったら雑用の仕事も嫌じゃないし、それで福富くんたちが上にいけるのなら本望だ。
 ……ただ、今の自転車部は男子のみで、女子が一人もいない。二年前には女子マネージャーが二人いたという話だが、卒業と同時にいなくなってしまった。
 自転車部には福富くんと新開くんがいるけれど、それだけでは不安だ。同性の子がいない部活で私は一人やっていくことができるのだろうか……。
 それだけがネックで自転車部に入る覚悟もないし、かといって断るのもためらってしまう。
 早くどっちにするか決めなきゃ……。そう思いながらバッグのファスナーを閉めて、教室を出ると――

「よ、

 廊下の窓際に背中を預けていた新開くんがいた。片手を上げて、私の所にまで来る。

「突然だけど今日の放課後ヒマ? もしよかったら自転車部の見学に来ない?」
「いきなり行っても迷惑じゃないかな……?」
「大丈夫だよ。たまに見学に来ているヤツもいるし。それに、野郎だらけの部活だろ? 一度見学して雰囲気見てもらった方がいいかなと思ってさ」
「じゃあ……見に行く!」


 新開くんの後ろをついて校舎から少し歩くと自転車部の部室が見えた。L字型の一階建ての建物で、自転車強豪校というだけあって他の部の部室とは比べ物にならないくらい広い。
 新開くんと一緒に部室に入ると自転車をローラー台に乗せてペダリングの練習をする部員や、部室の片隅でホワイトボードを使いながら次のレースの作戦を練る部員たち。五十人近くいる部活ということだけあって活気に満ち溢れている。

「こんにちは、新開さん」
「おぉ、泉田」

 泉田と呼ばれた男の子が新開くんに頭を下げる。

「こちらの女性は……?」
「オレの中学の時の友達の、。この前転校してきたばかりなんだけどマネージャー志望でさ。今日一日見学するからよろしくな」
「マネージャー志望の方ですか……! 入ってくれたらとても助かります!」

 目を輝かせた泉田くんは私の方に向き直り、

「一年の泉田塔一郎といいます。よろしくお願いします」
「よっ、よろしくお願いします!」

 とても礼儀正しい男の子で、きれいな角度でお辞儀をしてくれた。私も慌てて頭を下げる。

「そういえば、今二年はレースやってるんだっけ。せっかくだし、見に行こうぜ」


 トレーニングレースは箱根学園の周辺で行われ、今いる学校の正門前がゴールとなっている。
 新開くんと話をしながら待っていると、二人のライダーが見えた。
 先頭を走るのは福富くん。福富くんから数メートル離れた位置には荒北くんが走っている。私と新開くんに気を取られることもなく、ゴール間近の今サドルから腰を上げ、下ハンドルを握り限界までペダルを踏んでいる。
 風を切り、私たちの前を通り過ぎて、ゴールラインを通過する――

「速すぎだよ福チャンっ!」

 二番にゴールした荒北くんが声を上げる。一番にゴールしたのは福富くんだった。後方にいた二年生たちが次々とゴールラインを通過する。

「まだ甘い。登りに無駄な動きが多すぎる」

 荒北くんにそうアドバイスした福富くんは自転車から降りると、私と新開くんの所に来た。

「よっ、寿一。レースお疲れ様」
「あぁ。は見学か?」
「うん。この前の話の参考にしようと思って」
「そうか。あまり相手はできないがゆっくり見ていくといい」

 遠くを見ると、まだ息の収まらない荒北くんと目が合った。会釈するとぷいっと顔を背けられた。

「すまん、そろそろ行く」
「福富くん、頑張ってね」
「あぁ」

 福富くんがサドルに跨がり自転車に乗って走る。荒北くんと言葉を交わしながら部室のある方角へ消えていった。二人の背中が見えなくなった頃、新開くんが微笑しながら振り返る。

「さっきのレース、どうだった?」
「久しぶりに生で見たけどドキドキした……! やっぱり見る方も好きだなぁ」
「それはよかった。……さて、ちょっと休憩にしようか。たしかあっちに自販機とベンチがあったはずだ」