正門前から離れて歩道を歩くと、自販機とベンチが見えた。新開くんに飲み物を買ってくるから待っててくれと言われてベンチに座る。
 一週間前には満開になっていた桜の木々は、今はほとんど花が見られず緑鮮やかな葉で彩られている。

「お待たせ」
「ありがとう」

 新開くんから缶ジュースを受け取ってふたを開ける。
 時々吹くそよ風を体に浴びながら、新開くんと一緒にジュースを飲む。レースが終わった後も、部員たちのゴールスプリントを思い出しては興奮が収まらない。

はインターハイって知っているかい?」
「インターハイ?」
「インターハイっていうのは高校特有の、学校間で競い合う全国規模の大会だよ。自転車にもインターハイがあってさ。もうすぐ、それに向けて準備が始まるはずだ」
「そのインターハイに福富くんたちは出るの?」
「メンバー発表は先だからまだわからないけれど、寿一はあの実力ならメンバー入りは確実だろう。尽八……は三年に優秀なクライマーが二人いるから今年は厳しいかな。靖友はまだまだ伸びしろがあるし……」
「新開くんは?」
「オレは……あはは」

 変なこと聞いちゃったかな。新開くんはごまかすように笑った。

「オレのことはさておき、インターハイはツール・ド・フランスにも負けないくらい熱い戦いが見れると思う。入部するなら今がチャンスだ」
「そうだね……」

 さっきのレースを見て、改めて私は自転車が好きなんだと思った。それに、全国の学校が集まって実力を競い合うインターハイ。その大会では、どんなに熱いレースが見られるのだろう。
 このチャンスは一度きり。逃してしまえば二度と機会はない。この選択に私は――

「……私、自転車部に入ろうかな」

 一歩踏み出すことに決めた。
 新開くんがにっこりと笑みを浮かべ、手を差し出す。

「入部するには面接があるからちょっと気が早いけど。よろしくな、マネージャー」
「うん」

 新開くんの手を握る。さっき缶を持っていたせいか、ひんやりと冷たい感触がした。


 放課後、急いで支度をして教室を出ると、数歩先には荒北くん。向かう先は私と同じ自転車部なのだろう。

「さっきからチョロチョロチョロチョロついてきてんじゃねーよ」

 昇降口の前で、ようやく荒北くんは立ち止まって私に振り返ってくれた。

「別に好きでついてきてるわけじゃないよ……。行き先同じだし」
「ア……?」
「私、今日から自転車部のマネージャーになりました。改めてよろしくね、荒北くん」
「あっ、そう。ヨロシクゥ」

 荒北くんは適当な返事をすると自分の下駄箱へ向かった。私も下駄箱に行き、上履きから運動靴に履き替える。


 練習前、部室に自転車部全員が集う。ホワイトボードの前には主将と副将、書記の三人が並んでいて、窓際に私は立っていた。
 ミーティングの最初は私の紹介になり、転校初日の自己紹介と似たような緊張をした。
 自己紹介を終えて周囲を見渡す。知らない人たちの中に、福富くんや新開くん、荒北くんや東堂くんの姿を見つけた。この前ここに来た時に自己紹介をしてくれた泉田くんもいる。

「では、インターハイメンバーの発表をする」

 みんなが固唾を飲んだような、ピンと張り詰めた空気に変わる。
 主将の口から知らない人の名前が次々に挙がっていく中、五番目に福富くんの名前を聞くと自分のことのようにうれしくなってしまった。

「最後の六番目は……新開」

 最後に名前を呼ばれたのは新開くん。この前、新開くんは笑ってごまかしたけれど、メンバーに選ばれる自信なかったのかな。だとしたらこれはとってもうれしいことだ。

「以上、今名前を呼ばれた者は前に出てくれ」

 福富くんと新開くん、他二名のインターハイメンバーが主将の隣に並ぶ。
 主将と副将を含めて計六名がインターハイに出場する。主将が、副将から順にインターハイメンバーに選んだ理由を説明し、福富くんから順にインターハイの抱負を述べるよう指示を出す。

「二年A組福富寿一です。箱学のゼッケンに恥じないように精一杯走ります。そして、三日間のうちのどれか……ステージ優勝を獲ります」

 どっと歓声がわく。福富くんならきっとステージ優勝も獲ってしまうだろう。

「頼もしいな。じゃあ次は新開」
「C組の新開です。えーっと、オレは……」

 みんなの視線が新開くんに集まる。新開くんは、いつもと変わらない表情で

「辞退しちゃってもいいすか?」

 えっ……?
 隣にいた福富くんが目を見開く。
 私も、想像しなかった言葉に呆然とする。

「えぇぇ~っ!!」
「マジかよ、部始まって以来だぞ!」
「どうした新開」

 他の部員もみんな動揺して、一気に場がざわつく。

「……どうして、新開くん」

 あの時、インターハイはすごい大会なんだよって教えてくれたのに。
 周りの喧騒にかき消されて、私の声は新開くんに届かなかった。