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 放課後、チャイムが鳴ると後ろの席の荒北くんが席を立つ。

「先に行くぞ、
「ま、待って」

 慌てて机の中にある教科書をバッグの中にしまい、バッグを持って荒北くんの後を追う。

、部活頑張ってねー!」
「うん。響子もバレー部頑張って!」
「荒北ー! インハイ当日オレたち応援団やるからー」
「るっせ! 応援とかいらねーっつの」

 昇降口に行く間、色んな人から声をかけられる。インハイが近づいて士気が高まっているのは自転車部だけじゃない。それを応援しているみんなも、気分が高揚しているのだ。

「東堂様の応援うちわどうしようー」
「今年は美術部の子にお願いして東堂様の似顔絵描いてもらう?」
「いいねそれ! 絶対喜ぶ~」
「ケッ。よくやるよ」

 東堂ファンクラブの人たちのやり取りを横目に見た荒北くんがあきれる。それを笑って流した後、昇降口に着いて一旦別れた。
 外靴に履き替えて、表で荒北くんを待っていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

「よ、

 私の肩を叩いたのは新開くん。片目を閉じて、パワーバーをくわえている。

「すっかりインハイムードだな。行く途中、色んなヤツに声かけられちまった」
「オレもだ。しかも差し入れをたくさんもらってしまった!」

 ワッハッハと高らかな笑い声を上げて出てきたのは東堂くん。両手には手作りのお菓子や飲料、タオルなどバラエティ豊かな差し入れを手に持っている。

「なんで東堂にンな人気あるのかいまだによくわかんねェ……」

 あきれて校舎から出てきた荒北くんの後ろには福富くん。手にはりんごが入ったダンボールを持っている。

「福富くん、どうしたのそれ?」
「山田先生からもらった。オレ一人では食いきれないから、部員全員に配ろうと思ったのだが……」
「そんなにあったらりんごジュースなんてよさそうだね。後で織田くんと相談してみるよ」

 五人で肩を並べて歩きながら部室に向かう。こうやって一緒に歩いて部室に行けるのも、あと一週間だ。


 部活の時間が始まり、周囲が慌ただしくなる。

「真波、まだ来ませんね」
「えっ」

 泉田くんの言葉に周囲を見る。そういえば真波くんの姿がない。

「オレが連れていこうとした時、アイツの席無人でした」
「真波のヤツ……。あれほど練習をサボるなと言ったのに」

 銅橋くんの言葉に、泉田くんが額を手で押さえる。そういえば朝、今日はローラー練習だってぽろっと言っちゃったんだよなぁ。今頃彼は坂を登りに行っているのかもしれない。

「織田もサボりかぁ?」

 黒田くんの言葉にさらに周囲を見渡す。言われて初めて気がついたけど、織田くんの姿も見えない。

「連絡もなしにいないなんて珍しい。学校で見た記憶あるんだけどな」
「私、ちょっと捜してくる」

 今日は織田くんに手伝ってほしいことがある。近くにいるなら彼を捜さないと……。
 まず一番先に訪れたのは部室内にある会議室。もしかしたら織田くんはここにいるかもしれない。
 会議の邪魔にならないように、ドアを少しだけ開ける。

「インターハイ二日目のスプリントリザルト。ここでオレは新開に出てもらおうと思うのだが――」

 ホワイトボードの前に立つ福富くんの話を、真剣な表情で聞く荒北くんと東堂くんと新開くんの三人。奥には監督が腕を組んで作戦会議の様子をじっと見つめている。
 ここに織田くんはいないようだ。そっとドアを閉めて、その場を離れる。

「あと三分! ゴール前だと思って精一杯ペダルを回せ!」

 ストップウォッチを片手に大声を上げる三年。ローラー練習をしている部員が一生懸命にペダルをこぐ。その中にはインハイ選抜レースに敗れた黒田くんもいる。
 入れ違いで来てるかなと思ったけど、ここにも織田くんはいないようだ。ため息をついて部室を出ようとすると、

「わっ」

 私の目の前には洗濯かご。慌てて後ずさり、衝突から逃れる。

「ゴメンなさーい! 怪我はないですかぁ?」

 ぶつかりそうになった相手は葦木場くんだった。「大丈夫だよ」と言い、彼が手に持っている洗濯かごの中身を見る。中に入っているのは山盛りのサイクルジャージだ。

「また洗濯物? 私か織田くんがやるよ」
「いいんです。さんだってやることいっぱいあるでしょう? これはオレに任せてください」

 葦木場くんがにっこりと笑う。……正直、インハイが間近に迫っている今、サポートにまわれる人手がもう少し欲しいところだ。

「じゃあ、今日はお願いするよ。ところで織田くんを見なかった?」
「織田くんだったらさっき自販機の近くで見ましたよ~」
「ありがとう」

 部室を出て、近くの自動販売機へ向かう。

「タイヤ取ってー!」
「この自転車のチューブの替え、そろそろ必要だな」

 自転車のメンテにまわっている部員も慌ただしい。彼らを横目に自動販売機へ向かう。
 建物の角に差し掛かった時、誰かの声が聞こえてきた。とっさに足を止める。

「自転車部の縮小を撤回していただくことはできないでしょうか?」

 これは織田くんの声だ! 一体誰と話してるんだろう。建物の角からこっそり様子をうかがう。
 自販機の前にいるのは織田くんと、後藤教頭だった。

「その理由は?」
「教頭に言われて、今まで自転車部の様子を見てきました。たしかに教頭のおっしゃるとおり、他の部活に比べて費用のかかる部活ですが、自転車に命を預けて道を走る以上、タイヤなどの備品にお金がかかってしまうのはどうしようもないことで……」

 織田くんが手に持っていたノートを教頭に見せる。こちらからじゃどういうことが書かれているのか見ることはできない。
 織田くんの説明が終わると、教頭は深いため息をついた。

「残念だわ。まさかあなたまで自転車部に肩入れするなんて」
「教頭っ」
「今度のインターハイで優勝しなければ、部活は縮小します。例年優勝してきたんですからそれくらい簡単でしょう」

 教頭はきっぱりと言い放つと、強い歩調で歩いて去っていった。
 突然の出来事にぼうっとしていると、織田くんと目が合ってしまった。

さん」
「は、はいっ」
「行きましょう。インハイが迫っている今、一分一秒でも時間が惜しいです」

 こっそり見ていたことには触れず、織田くんが部室に向かって歩く。織田くんの背中を追いかけて、少し遅れて私たちの仕事は始まった。


 部活が始まって一時間後。ローラー練習を終えた新開くんが私の所に来る。

「もうすぐ尽八の誕生日なんだけどさ、なにか考えてる?」
「ううん、まだなにも……」
「普通にプレゼント渡すのもいいかなと思ったんだけどさ、どうせならそれぞれ一発芸でも披露したらどうかなっていう話になってて」
「それなら、家に手品のグッズがあったような……」
「じゃ、も参加な。詳しいことが決まったらまた連絡するよ」

 私の肩をポンと叩くと、新開くんは去っていった。
 去年も祝ったからちゃんと覚えてるんだけど、インハイ終わった後が東堂くんの誕生日なんだよね。……ん? 誕生日? そういえばなにか忘れているような……。

、タオル取って」
「あぁ、うん――」

 カゴの中からタオルを取って、荒北くんに手渡す。
 その時……

「ああああーっ!!」

 荒北くんの顔を見て思い出したっ!! そういえば私、すっっっごく大事なことを忘れてた!!

「えっ!?」

 私の声に驚いた荒北くんが、後ろ向きに倒れる。
 荒北くんの後ろに立っていたのは東堂くん。不幸にも倒れる荒北くんに巻き込まれて、東堂くんが持っていた飲みかけのペットボトルが宙を舞う。
 ペットボトルから液体が零れて、床一面が濡れる。それに足を滑らせた新開くんが泉田くんの胸に飛び込む――!

「アブゥゥゥ――!!」
「どうしたお前ら!?」

 福富くんが部室に入ってきた。
 荒北くんと東堂くんは気絶し、新開くんは言葉を失って、泉田くんは顔を赤らめている。

「……なんか……ゴメン……」

 とりあえず一番悪いのは私だろう。全員に対して小声で謝った。