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 梅雨が明けて久しぶりに晴れた日、一番乗りで部室に行くと誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。

ちゃん。ちょっとちょっと」

 部室のドアを開けて顔をのぞかせた東堂くんが手招きをする。一体何だろう。疑問に思いながら外に出て東堂くんの後をついていくと……

ちゃん。今週の土曜日なにか用事はあるか?」
「特になにもないけど……」
「ならよかった! ならばみんなとプラス巻ちゃんで夏祭りに行こうではないか!」

 みんなはおそらく福富くんたちのことを指しているのだろう。巻ちゃんはたしか、東堂くんがクライマーとしてライバル視している総北高校の男の子だっけ。

「実は巻ちゃんに夏祭りに来ないかって誘ったら、お前と二人じゃ嫌だとか女子も欲しいとか駄々をこねてな! 是非ちゃんにも来てもらいたかったのだよ! ちゃんも箱根のお祭りは初めてだろう?」
「うん、初めて」
「箱根のお祭りは一見の価値あり! この美形クライマー東堂尽八がちゃんたちをエスコートしようではないか!」

 巻島くんが来ることがそんなにうれしいのか、ハイテンションの東堂くんがビシィッと指さしを決める。

「それに、トミーのいい気分転換にもなるだろうしな」
「東堂くんも福富くんが心配なんだね……」

 最近の福富くんは、練習に根を詰めすぎている。インターハイまであともう少し。練習に気合いが入るのもわかるけれど、頑張りすぎると合宿の時みたいに倒れてしまうかもしれない。でも、頑固な彼に「無理しないで」などと言っても聞かないだろう。お祭りに誘えばいい気分転換になるかもしれない。

「あぁ。負けられないという気持ちが大きくなりすぎると、窮地に陥ったとき人は弱くなるからな。トミーはここで肩の力を抜くべきだ」

 うわさをすればなんとやら。制服姿の福富くんと荒北くんの二人が部室に向かって歩いている。

「ちょうどいいところに現れたな。行くぞ、ちゃん」
「えっ、私も!?」

 走る東堂くんを追いかけて福富くんたちのもとに行くと、

「なんだよ、二人揃ってどうした」

 不思議そうな顔をする荒北くん。この前私が風邪をひいた時におんぶしてくれたことを思い出して顔が火照る。
 一週間経った今でも、時々荒北くんの背中を思い出しては顔が熱くなってしまう。治ったつもりなんだけど、まだ風邪が残っているのだろうか。

「トミー! ついでに荒北! 今週の土曜日空いてるか? オレたちと一緒に祭りに行こうではないか!」

 東堂くんが福富くんに向けていつもの指さしを決める。福富くんはすぐに、

「断る。その日は用事がある」

 東堂くんが硬直する。早くも計画は崩れてしまった……。

「その日、埼玉でレースがあんだよ。オレが出場して、福チャンは出ないけどオレの実力を見るとかで同伴。っていうのを最近オマエにも言っただろ」

 そういえば病み上がりで学校に来た時、荒北くんにそんなことを言われたような。

「トミー! たまには息抜きも大切だ! レースは荒北一人に任せてトミーはオレたちと一緒に祭りを満喫しようではないか!」
「おい東堂ォ! さりげなくオレをノケ者にすんじゃねーよっ!」
「遊んでいる暇はない。祭りは東堂たちで楽しめ」

 福富くんが背中を向けて部室に入る。荒北くんはキッとにらむと部室の中に入り、ピシャリとドアを閉めた。

「フッ……。この箱学一の美形で女子人気が高い東堂尽八がトミーと荒北にフラれるとは想定外だった……。こうなったら新開は絶対に捕まえるぞ! 行くぞちゃんっ」
「また私っ!?」

 再び東堂くんの背中を追いかけて、飼育小屋に走る。東堂くんの予想どおり、飼育小屋には新開くんがいた。隣には泉田くんがいる。

「新開! 今週の土曜日、オレとちゃんと巻ちゃんの四人で夏祭りに行かないかっ?」

 東堂くん三度目の指さしポーズ。新開くんは気まずそうな顔をして、

「ゴメン尽八。土曜日実家の用事があってさ、夏祭りの時間まで間に合うかわからないんだ。また今度誘ってくれ」
「新開……! お前はついてきてくれると信じてたのにっ」

 東堂くんが落ち込むかと思いきや、すぐに泉田くんに向き直る。

「泉田は――」
「ボクもその日午後にジムの用事が入っていまして。その……すみません」

 東堂くんが言い終わる前に、泉田くんは頭を下げて言った。東堂くん、再び硬直。
 これで夏祭りに行くのは私と東堂くんと、まだ一度も会ったことのない巻島くんの三人になる。……この面子だったら私、いなくてもいいよね?

「東堂くん。私、そういえば用事があるの思い出しちゃった――」
「逃がしはせんぞちゃん。こうなったら三人で夏祭りに参加するまでだ!」
「ええぇぇ――!?」