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「オレの好敵手を紹介しよう! 総北高校の巻ちゃんだっ」

 巻島くんと目が合う。玉虫色のウェーブがかかったきれいな髪の持ち主で、細身のすらっとした男の子だ。まるで外国のモデルさんみたいって思ったのが第一印象だったんだけど……気のせいだろうか? 服のセンスがなんというか、独特だ。トップスの左右の袖の色が違っていたり、穿いているパンツにポケットが六個もついている。こういうのが今のはやりなのかな……?

「巻島裕介っていいます。その……よろしくっショ」
っていいます。よ、よろしくお願いしますっ」

 同じタイミングで頭を下げると、ゴツンと頭がぶつかってしまった。痛みに頭を抱える。

「わっはっは! まるでお見合い中の男女のようだぞ!」

 こんな状況にさせたのは東堂くんだよ……。視線で訴えてみるけども、東堂くんが気づくことはない。

「さぁ、今日は二人まとめてこの美形クライマー東堂尽八がエスコートするぞ! オレから離れないようにな!」

 東堂くん、巻島くんに続いて祭りの門をくぐる。どこからかにぎやかな祭りばやしが聞こえてきて、既に会場内は多くの人でにぎわっていた。今日私は着てこなかったけど、中にはお祭りに合わせて浴衣や甚平を着た人がいる。焼きそばやたこ焼き、チョコバナナやりんごあめなど屋台がずらりと並び、店によっては行列ができている。
 巻島くんとは初めて会うし、本当にお祭りに来ていいのかなって思ってたんだけど……いざ来てみると会場はにぎやかで、気分が高揚してきた。せっかく東堂くんが誘ってくれたんだし、今日は目いっぱいお祭りを楽しまなきゃ。

「まずは食べ物めぐりと行こうか。ちゃんはなにか食べたいものはあるか?」
「私は……たこ焼きかな」
「さすがちゃん。家で作るのと屋台とでは全然味が違うからな。巻ちゃんは?」
「オレはフランクフルトとクレープ」
「ここから一番近い屋台はフランクフルトだな。では、そこから行くか」

 屋台を巡りながら東堂くんが言った。彼の実家は旅館を経営していて毎年このお祭りに出店している。その関係で毎年箱根祭りに参加している東堂くんは、どこの屋台の食べ物がおいしいかなど様々なことを知り尽くしていた。東堂くんの勧めで買った食べ物はどれも本当においしくて、彼のガイドなしではこんなにいい屋台めぐりはできなかっただろう。

「ワッハッハ! オレの勧めた屋台はおいしかっただろう!」
「これからどうするっショ」
「そろそろ実家の屋台に寄っていくか。少しだけ付き合ってくれ」

 東堂くんに連れていかれてたどり着いたのは焼きおにぎりの屋台。男の人二人が並んで立っておにぎりを焼き、隣にはレジ係の中年の女性がいる。しょうゆの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、食欲をそそった。

「あら! 尽八くんこんにちは!」
「こんにちは、村上さん。今日もきれいですね」
「まぁ、相変わらず口がうまいわね。後ろにいるのはお友達?」
「はい。同じ学校の自転車部のマネージャーのさんと、総北高校の巻ちゃ……巻島くんです」

 巻島くんと合わせて、村上さんに向かって頭を下げる。

「あらあらあら! その女の子は尽八くんのガールフレンド? それとも巻島くん?」
「彼女はマネージャーだってさっき言ったじゃないですか!」

 東堂くんが珍しく慌てる。普段自分のペースに引き込む東堂くんは目上の人にはたじたじなようだ。おもしろくて、笑いがこぼれそうな口元を手で覆う。

「おーい尽八くん! ちょうどいいところに来た! ちょっと男手が必要でさ、少しの間手伝ってくれないか?」

 中年の男性が東堂くんを呼ぶ。

「すまない、二人はここで待っててくれ。すぐに戻る!」

 東堂くんが屋台の後ろに消える。巻島くんと二人、ぽつんとその場に取り残されてしまった……。

「…………」
「…………」

 今日初めて会った人とふたりきり。さっきまでは東堂くんがいて会話が弾んだからいいけれど、こういう時なにを話せばいいんだろう……? 慌てて考えた質問を巻島くんに聞いてみることにする。

「巻島くんの趣味ってなに?」
「グラビア」
「…………」
「…………」

 沈黙が訪れる。まさか、グラビアという答えが返ってくるとは思わなかった。グラビアなんて読んだことないし、なんて答えればいいんだろう……。どんな子が好きなの? いやいやいや、初対面の男の子に聞く内容かなぁ。

「その……今日はオレのせいで迷惑かけてすまない。東堂のヤツ、おおかたキミを強引に誘ったっショ」
「まぁ……うん。否定できないかも」
「でも、クレープ屋なんて男二人じゃ並ぶのにはちとつらいし。がいてくれて助かったっショ」
「私も、こんなお祭りがあるなんて初めて知った。今日は来てよかったよ」

 東堂くんが誘ってくれなかったら、このにぎやかなお祭りに参加することはなかっただろう。行く前は緊張したものの、実際に行ってみると屋台の食べ物はおいしいし、お祭りを楽しむ人たちを見て穏やかな気持ちになる。お礼を言うのは私の方だ。

「クハッ。オマエ、案外ポジティブっショ」

 巻島くんがニコリと笑う。自然体の笑顔に心臓が大きく波打った。

から見ても東堂の相手は大変だろ?」
「あはは……色々と。毎日笑いが尽きないよ」

 屋台の後ろにいる東堂くんを見る。男の人と二人で、かなりの重量がありそうな米袋を運んでいる。

「オレも大変。アイツ一日に何度も電話をかけてきて、時々居留守をしてもしつこく電話かけてくるっショ」

 苦笑する巻島くんにつられて笑う。東堂くんが巻島くんに何度も電話をするのは、同じレースに出場するとき互いに万全な状態で戦いたいがためだと以前聞いたことがある。そのために東堂くんは、まるで巻島くんのお母さんのように「昨日はよく眠れたか」「朝ごはんは食べたか」「風呂には入ったか」「歯は磨いたか」……などのささいな内容の電話をするという。

「ま、クライマーとしての実力は一級品っショ」
「巻島くんと東堂くんのレース、一回見てみたいなぁ」
「秋に東堂と参加するレースがあるぜ。そのとき予定空いてたら見に来いよ」

 巻島くんが言い終わったタイミングで、東堂くんが戻ってきた。

「急にすまんな! まさか仕事を頼まれるとは思わなかった」
「今日は尽八くんもみんなも寄ってくれてありがとう~。今度東堂庵にいらっしゃい。旅館ではきれいな着物でお出迎えしてあげるわ」

 村上さんが焼きおにぎりを容器に詰めて、ビニール袋に入れた物を東堂くんに差し出す。

「オマケしといたからね」
「ありがとう村上さん!」

 屋台を離れた後、もらったばかりの焼きおにぎりを早速三人で食べた。焼きおにぎりの屋台は初めて見たけれど、何個でも食べられそうなくらいおいしかった。