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 正門前に行くと、福富くんが腕を組んで待っていた。

「ゴメン、待たせちゃって」
「いいや。オレの方こそ待たせてすまない。……次のバスがいつ来るかわからない。すぐに行くぞ」

 福富くんと二人で正門を出ようとすると、

「まっ、待ってくれ!」

 聞き覚えのない声に呼び止められた。
 後ろを振り向くと、ジャージ姿の田所くん。視線をたどると、福富くんではなく私に用があるみたいだ。

「その……、だったよな。前に巻島が箱根土産に持ってきたラスク、おいしかったぜ。ありがとな」
「……うん」

 沈黙が訪れる。せっかく田所くんがお礼を言いに来てくれたのに……。インハイ二日目の表彰式の後のことが脳裏によぎって、なんて喋ったらいいのかわからない。
 ふと、巻島くんとさっき話したことを思い出した。

「田所くんってスプリンターなんだよね?」
「ん? あぁ、そうだが……」
「新開くんって知ってる?」
「もちろん。アイツがレースに出てるときは必ず平坦で競い合ってるしな。……そういや、最近アイツに会ってないな」
「もし、今度レースで新開くんに会ったらよろしくね。新開くん、田所くんに負けないくらい強くなってると思うよ」

 田所くんの目が見開く。すぐに口角をニッと上げて、

「おうよ! 望むところだ! オレの肉弾列車にかなうか久しぶりに試してみようじゃねぇか!」

 口を開けて豪快に笑った。つられて私も微笑む。本人のいないところで宣戦布告しちゃったけれど、まあ問題はないだろう。

「気をつけて帰れよ。あと、来年は絶対に負けないからな!」

 田所くんが大きく手を振る。手を振り返して、福富くんと一緒に正門を離れた。

 バス停に着くと、次のバスが来るまで少し時間があった。福富くんの隣に並びバスが来るのを待つ。
 空は夕暮れ色で、箱根に着く頃には夜になるだろう。荒北くんから頼まれた千葉土産、買う時間はないかも。冗談半分で言われたことをぼんやりと思いながら空を見上げる。

「来年のインターハイで金城と勝負することにした」

 ぽつりとつぶやいた声を耳にして、福富くんを見る。彼はまっすぐ前を向いたまま語り続ける。

「あの時……自分がまだまだ未熟であることに最後まで気がつかなかった。オレはそれを乗り越えて、もっと強くなりたい。そのためには金城にもう一度、今度は正々堂々と勝負をするしかないと思っている」

 福富くんが私に向き直る。

「……。これからオレは、来年金城と勝負をするために最強のチームを作る。合宿の時にも言ったことだが、あの時はお前がいることが当たり前だと思っていた。だからもう一度言わせてくれ」

 息を呑んで、福富くんの気持ちを受け止める準備をする。

「最強のチームを作るにはお前の協力が必要不可欠だ。、お前の力を貸してほしい」
「もちろんだよ。もし、また福富くんが間違えそうになったら今度は遠慮せずに全力でぶつかる」

 もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。ぶつかる必要があるときは全力でぶつかっていく。マネージャーとして、精一杯の力をもってみんなを支えることをここに誓おう。

「あぁ、望むところだ」

 道路の先にバスが見えた。バス停の前に停まり、乗降口のドアが開く。
 福富くんに続いて乗り込み、席に着くとバスが動き出した。
 後ろの窓から総北高校を見る。夕焼けに照らされた校舎は黒く染まり、バスが進むにつれて遠ざかっていく。
 ――来年のインターハイで総北高校にぶつかったとき、全力で挑む。新たな誓いを胸に、総北高校を後にした。