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 荒北くんが学校に行った数時間後、遠方に住んでいた両親が仕事を休んで病院に来た。色々話してなんとか事なきを得て、両親が帰った後、廊下から数人の足音が聞こえてきた。

ちゃん! 大丈夫か!?」

 ドアを開いた東堂くんを筆頭に、新開くん、福富くんの三人の姿が並ぶ。

「みんな……」
「昨日も病院に来たのだがその時は門前払いを食らってな……。今日は部活を休んで来たのだ」
「足は大丈夫か……?」

 新開くんが包帯の巻かれた私の足を見やる。

「うん。治療に時間はかかるけれど、後遺症がない状態で治るだろうってお医者さんが言ってた」

 東堂くん、新開くん、福富くんを順に見る。いつものメンバーに一人足りないとどうしても気になる。

「……荒北くんは?」
「荒北は部活だ。オレは後で行くからいいと言っていた」
「部活が終わった後ではだいぶ遅くなると思うのだが……面会時間というものを知らないのか荒北は」

 東堂くんが腕組みをした瞬間、後ろのドアが開いた。

さん大丈夫ですか!?」
「真波くん……!」

 学ラン姿で額に汗を浮かべている真波くん。片手でドアを閉めて病室に入った。

「今朝、さんの家でご両親を見かけて、話を聞いたら入院してるって聞いてびっくりして……! 学校終わってすぐここに来ました!」

 再びドアが開く。

、大丈夫!?」
さん、見舞いに来たぜ!」

 またしても現れたのは響子を含む友達三人とクラスメイトの田島くん。

「モテモテだな、ちゃん」
「あはは……そうだね」

 視界が涙でにじんで、目が潤んでいることを悟られないようにわざと窓を見た。箱根学園に転校してまだ一年にも満たないけれど、こうして怪我をした時すぐに駆けつけてくれる友達が何人もできた。そのことを実感すると、みんなに対して感謝の気持ちでいっぱいになった。


 窓の外が暗くなり、お見舞いに来てくれたみんなが帰った頃。控えめにドアをノックする音が聞こえてきた。
 今度の来客は荒北くんだった。片手にビニール袋をぶら下げて、胸元には面会用の札をつけている。

「時間大丈夫……?」
「オレのことは気にすんな。これから部活はいつもどおりにやって、その後見舞いに来るから」
「それ、結構大変じゃない? 自主練の時間減っちゃうし、無理しなくても……」
「いいんだ。これくらい、やらせてくれ」

 荒北くんがかぶりを振る。必要以上に負い目を感じているみたいで、「気にしないで」って言いたいのだけれど。そんな荒北くんに心配をかけたのは自分だと思うと、なにも言えなくなった。
 気まずくなった時、荒北くんは思い出したようにビニール袋を差し出した。

「頼まれてきたもの、買ってきたぜ」
「ありがとう」

 荒北くんからビニール袋を受け取る。中に入っているのはサイクルタイムだ。今日が発売日で、入院生活の暇つぶしにと思って買ってきてもらった。
 ビニール袋からサイクルタイムを取り出すと、表紙には大きな文字で「自転車男子特集」と書かれている。……あれ、この号なんか見覚えがあるような……? 不思議に思って何度かページをめくり、箱根学園の自転車部一同の写真が載っているページを開く。

「荒北くん、これ前の号……」
「わ、ワリィ! 普通に置いてある物確認もせずに買ってきた」
「もう一回読みたいと思ってたし、大丈夫だよ」

 さらにページをめくってみる。適当に開いたページの左上の記事に目が留まった。U-15のロードレースの優勝選手の記事だ。その優勝者の名前は「御堂筋翔」と書いてあって、表彰台に立つ彼の写真が載っている……あれっ? この人って、

「アズナさんっっ!?」
「わっ」

 荒北くんが驚いて、持っていた椅子を危うく落としそうになる。

「どうした急にっ」
「知り合いが載っててびっくりして……!」

 初めて会った時の既視感はどうやらこれが原因だったらしい。記事をよく読むと、毎回出るレースで優勝をしているすごい腕前のライダーだということがわかった。
 荒北くんが椅子に座る。私は雑誌を閉じて、今日の学校や部活についての話を聞いた。