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 ペットショップを出て、本屋に着いた。荒北くんに連れてこられた本屋はワンフロアに大きく広がるお店で、文庫本から実用書まで多くの本が揃っている。

「推理小説ってどこにあるんだろうな」
「うん?」

 雑誌コーナーの聞き間違いかと思って、疑問形で聞き返す。

「……オマエ、オレがチャンピ読んでばっかだと思うなよ」

 チャンピとは荒北くんがよく読んでいる週刊漫画雑誌の名前だ。荒北くんは私を半目で見て、推理小説コーナーを探す。本屋の中を一周してやっと推理小説コーナーにたどり着いた。

「……お、あったあった。これ、この前新開に借りたヤツの続編なんだよ」

 荒北くんが一冊の文庫本を手に取る。その文庫本のタイトルには見覚えがある。

「それの前作、私も新開くんに借りて読んだよ」

 その本の名前は「Star Fall II」と書かれている。ある日パラレルワールドに飛ばされてしまった主人公が元の世界に帰るために奔走する推理要素もあり、切ないシーンもあり、なかなかおもしろい小説だ。入院中、新開くんにその本の前作を借りて読んだことがある。おもしろくて一気に読んでしまったけれど、続編があるなんて知らなかった。

「読み終わったら貸してやるよ」
「ありがとう」
「オレはこれ買うけど、他に行きたいコーナーはあるか?」
「スポーツ雑誌コーナーに寄りたいな。サイクルタイムをちょっとだけ立ち読みしたい」

 二人で雑誌コーナーに移る。ちょうど見える位置に最近発売されたばかりのサイクルタイムが並んでいた。サイクルタイムを手に取ると荒北くんがのぞきこんできた。彼にも見えるように雑誌を持ち、ぱらぱらとページをめくると、この前行われたジュニアレースの記事に目が留まった。ジュニアレースの優勝者は「御堂筋翔」と書かれている。

「アズナさん頑張ってるなぁ……」
「アズナって誰だよ。外国人?」
「外国人じゃないよ」

 いつか荒北くんにあの日々のことを話そうと思いつつ、隣の記事を見る。二位の今泉俊輔という男の子がピックアップされた記事が載っている。前号のサイクルタイムでも見た記憶のある名前で、記事によると御堂筋くんと同じ歳でオールラウンダー。外見は……本人に言ったらとても怒られそうだけど、荒北くんをさらにイケメンにしたような顔をしている。もしかしたら荒北くんの親戚なのかもしれない。

「この子、荒北くんに似てるね」
「そうかぁ? 髪型が似てるだけだろ。……ふぅん、この前のレースで二位ねェ。いかにもオリコウチャンってカンジだな」
「オリコウチャンって」
「今年で高校生になるのか……。インハイで見かけたらぶっ潰してやる」

 ニヤリと笑みを浮かべる荒北くん。今泉くんが気の毒だ。


 本屋を出ると、「少し早いけどメシにしようぜ」という荒北くんの提案によってごはんに行くことになった。「南雲に教えてもらった店があるんだ」と荒北くんに言われてついていくと、喫茶店に着いた。店内に入るとあたたかみを感じる木のインテリアで揃えられていて、とてもお洒落だ。
 荒北くんがテーブルの横に置いてあるメニュー表を手に取ると、私にも見えるように置いてくれた。二人でメニュー表をのぞき込む。

「パスタにサンドイッチ……色々あるんだな。はなにがいい?」
「私は……えっと」
「ご注文はお決まりでしょうか?」

 どこかで聞いたことのある声が聞こえた。隣に立つ店員を見上げると、

「……ん? お前は」
「き、金城くんっ!?」

 周りの客が一斉にこちらを見る。今目の前にいるのは、間違いなくウエイターの格好をした総北高校の金城くんだ。

「なんで総北がここにいんだっ!!」
「オレの叔父がこの店を経営していてな。今日は手伝いだ」
「んなマンガみてーな嘘つくなっ!」
「いや、それが本当だ」

 かみつく荒北くんに、困った表情を浮かべる金城くん。まさかここで金城くんに会うとは思わなくて私も混乱していると……

「大丈夫か金城……あっ!」
「あぁっ!!」

 今度はウエイター姿の田所くんが現れた。田所くんは私の姿を認めた瞬間声を上げた。私ももう一度驚いてしまった……。

「もしや、東堂のダチも……」

 荒北くんがキョロキョロと周囲を見渡す。

「巻島ならいない。こういうのは性に合わないと言って断られた」

 金城くんの言葉にほっと胸を撫で下ろす。もしこの場に巻島くんがいたら、荒北くんと一緒にこの店に来たことが電話越しで東堂くんに伝わって、今度部活で会ったときに、東堂くんはニヤけた顔でこう言うのだろう。「ちゃん! 巻ちゃんから聞いたぞ! 荒北と二人で横浜の喫茶店に行ったって! これは一体どういうことなのだ!?」
 もしそんなことを言われたら、ほとぼりが冷めるまで荒北くんと距離を置かなければいけなくなる。

「ところでお前ら」

 金城くんの言葉に、荒北くんと同時に身を固くする。巻島くんがいないからって事態が解決したわけじゃない。デートかって聞かれたらどうしよう……!

「近くの自転車屋に寄った帰りか?」
「あ?」
「うん?」

 予想外の質問が返ってきて首をかしげた。荒北くんも目をぱちくりとさせている。

「ん? そうじゃないのか? じゃあ、デートなのか?」
「あーあー! そうだよ! ちょうどコイツ連れて自転車屋行った帰りだよ! 頭いいなオマエ!」

 荒北くんが投げやり気味に答えた。ここは金城くんの言うことに沿ってごまかしておくのが一番いいだろう。

「この近くの自転車屋は品揃えがいいからな。オレも何度か行ったことがある」
「……で、お前らはなにを食べるんだ?」

 田所くんが口を挟む。もうそろそろメニューを決めないと金城くんたちに迷惑をかけてしまう。

「色々あって迷ってるんだよね。田所くんオススメのメニューってある?」
「オレのオススメはそのページに載っている田所パンだ。二人分あるし、ちょうどいいんじゃないか」

 荒北くんの方を見ると、金城くんとのやりとりで面倒になったのか「オマエの好きなようにしていいヨ」と無言で訴えられた。

「じゃあ、それで……」
「おし! じゃあちょっと待ってろ」

 しばらくすると、田所くんが皿に大きなサンドイッチを乗せて運んできた。それがテーブルの上に置かれると、荒北くんの顔がひきつる。

「おい、田所」
「ん? なんだ?」
「これ……写真よりもデカいじゃナァイ!」

 田所パンは、大きさから説明すると荒北くんがいつも飲んでいるベプシ。あれと同じくらいの高さがある。
 六枚もの食パンの間に、バナナ、ハム、レタス、スライスチーズなどが挟まれている。ふわりと甘い匂いがするのだけれど、ハチミツでも入っているのだろうか。

「ガッハッハ! 写真より小さいよかはいいだろ! 自転車乗りは事前のエネルギー補給が大事だ。それ食って力つけろよっ」

 田所くんがバンバンと荒北くんの背中を叩く。荒北くんの口から魂が抜けかけているのが見えた。

「南雲のヤツ……今度会ったらシメてやる……」

 田所くんという嵐が去った後、ぷるぷると震えた荒北くんがつぶやいた。