栄光のサクリファイス 123話
海に行った後は色んな所に行って目一杯遊んで、靖友くんと一緒に私の家に帰ってきた。
「今日泊まっていくんだよね」
「あぁ」
「いつもの部屋にタオルとかちゃんと用意しといたから」
靴を脱いだ靖友くんが、いつもより真剣な顔で私を見上げる。
「……なぁ、」
「なに?」
「今日はオレ、お前の部屋で――」
靖友くんの話の途中でお腹の音が鳴った。……今のは、私のお腹の音だ。恥ずかしくなってお腹を手で抑える。
「うぅ……」
「オレも腹減った。メシにしようぜ」
今言ってくれればいいのに、もったいぶって後回しにして、台所に向かってすたすたと歩く靖友くん。
靖友くんの両手には、二人分のカットケーキとこの後作ろうと思っている料理の材料がある。彼の後ろ姿を見ていたら、四月に初めてデートした時のことを思い出してしまった。
一緒にごはんを食べ、色々なことを片付け終えた後、リビングにあるソファでゆっくりしていると小箱を片手に持った靖友くんが私の前に立った。
「、ちょっといいか」
「どうしたの改まって」
「お前に渡したい物がある。座ったままでいいからじっとしてろ」
座ったままでいいって一体何のプレゼントだろう。ドキドキしながら待っていると、靖友くんが私の後ろに回る。紐状の物を私の首元にかけるように置いて、紐がもぞもぞと動く。靖友くんの指がうなじをかすめてくすぐったい。笑いをこらえておとなしく待っていると、靖友くんの手が離れた。
「もういいぜ」
「……見ていい?」
「あぁ」
近くにある手鏡を取って自分の姿を見てみると、ネックレスがかけられていた。
小ぶりな三日月のネックレス。……これって、四月に靖友くんと一緒に出掛けた時、立ち寄ったアクセサリーショップで私がいいなって言ったヤツだ。
「すっげー迷ったんだけど結局それにした。どうせだから、が欲しがってたヤツがいいと思った」
照れくさそうに言う靖友くんに、今まで埋まらなかったパズルのピースがはまる。
つい最近まで、靖友くんは金城くんの親戚のお店でカフェ店員のアルバイトをしていた。色々と入用だって言われてごまかされたけれど、本当は私にネックレスをプレゼントするためにバイトしてたんだ……。
どんな物でも、私はきっと喜んで受け取るのに。靖友くんの優しさがうれしくて、涙が零れてしまいそうだ。
「ありがとう靖友くん。私も今日、プレゼントを用意したの」
こっそり用意した紙袋から取り出したものを、そっと靖友くんの首にかける。
「温かい」
「最近マフラー欲しいなぁって言ってたでしょう? だからこれにしてみたんだ」
靖友くんにプレゼントしたものは薄水色のマフラーだ。どんな色にしようかすごく迷ったけれど、黒とか赤の服を着ることが多い靖友くんには、差し色代わりの薄水色がいいかなと思ってこれを選んだ。
色は気に入ってくれるかわかんないけど、触り心地には自信がある。靖友くんの顔を見ると、彼は気持ちよさそうにマフラーに口元をうずめていた。
「ありがとう。ずっと大事にする」
「大事にするのもいいけど、ちゃんと使ってね」
笑いながら首元にある月のネックレスに触れる。
プレゼントを交換した後、靖友くんと一緒にソファに座りながらテレビを見て、一緒に笑いあったり、クイズの問題が出た時には難しい顔をしてなにが正解なのか考え込んだりもした。
番組が終わった時、ふと今の時間が気になって掛け時計を見上げる。時計の針はもうすぐ十二時を迎えようとしていた。
「そろそろ寝なきゃ」
明日は東堂庵でみんなとクリスマスパーティーをする予定だ。名残惜しいけれどまったり過ごすのはここまでにして、明日に備えなければ……。
「」
「なに?」
「今日はと一緒に寝たい」
…………。
持っていたテレビのリモコンがぽとりと落ちる。
今、たしか靖友くんは……。さっき言われたことを思い出していると、急に顔が真っ赤になった。
「そ、それって、同衾ってこと? こ、心の準備がまだ……」
「べっ、別にエロいことはしねーよ! ただ、アレだ。前に東堂たちと同じ部屋で寝たことあんだろ。ならオレも寝ていいはずだ」
頬を朱に染めて言う靖友くんに呆然とする。……それって、暴論じゃないだろうか……?
「ねぇ靖友くん」
「なんだ?」
「本当にそこでいいの……?」
私の後ろには靖友くん。彼は私から背を向けて、同じベッドの上で寝ようとしている。
「嫌なら、床で寝るけど」
「そ、そこまではいい」
「言っとくけどあんまくっつくなよ。男は狼なんだ。なんかあったらのせいだからな」
布団を引っ張って、さらに背中を向ける靖友くん。……なんでこんなことをやっているのだろう。深く考えそうになったけどやめた。靖友くんを怒らせて床で寝させるような展開は避けたい。私も背を向けて、目を閉じる。
手を伸ばせば届く位置に靖友くんがいる。巻島くんたちと一緒に東堂庵に泊まった時はあんまり意識しなかったけれど、好きな人が隣にいるとどうしても意識してしまう。
靖友くんからもらったネックレスは今も首に着けている。寝る時くらいはずせヨって靖友くんに笑われたけれど、眠りに落ちる寸前までプレゼントをもらった幸せに浸っていたかった。
背中越しに、靖友くんの温かい体温が伝わってくる。
このまま、背中を向けて寝ていいのだろうか。そう思った私は一旦仰向けになって、靖友くんの方に体を向けた。
靖友くんも同じことを考えていたのか体の向きを変えていて、薄暗い闇の中視線がぶつかってしまう。
「」
靖友くんが、私の背中に手を回す。
「愛してる」
ぎゅっと抱きしめられて、靖友くんの温もりがたくさん伝わってくる。
私も負けじと抱きしめる。胸にこみ上げてくる温かい気持ち。私は今、世界中にいる誰よりも幸せだ。
少し前まで、恋人になったらいつかは体を重ねなきゃと過剰に意識していたこともあった。
でも、今はそうは思わない。好きな人と一緒にいられるだけでこんなにも幸せな気持ちで満たされる。
……今は、それだけで充分だ。
「靖友くん」
靖友くんの頬に手を添える。
「私も、靖友くんのこと愛してる」
ゆっくりと顔を近づけて、長い間キスをした。
唇を離した時、靖友くんが私を抱きしめた。
「……。受験終わったら、たくさんデートすっぞ。今日だけじゃ全然足りねェ」
「……うん」
靖友くんの腕に抱かれたまま、眠りに落ちる。
まぶしい光を感じて目を開ける。
目の前には、くうくうと眠っている靖友くんがいた。
……そうだ。そういえば昨日、同じベッドで一緒に寝たんだっけ。布団に入った時は緊張して眠れないかもと思っていたけれど、案外ぐっすりと眠ってしまった。
目覚まし時計にセットしたアラームが鳴る時間まで、まだまだ時間はある。靖友くんの胸に顔をうずめて、私はゆっくりと目を閉じた。