栄光のサクリファイス 124話

 穏やかな朝を過ごした後、靖友くんと一緒に東堂庵に行った。
 今日は福富くんたちとクリスマスパーティーだ。仲居の村上さんに案内されて大広間に行くと、既にみんなが揃っていた。
 パーティーはまだ始まっていないのに、あそこでフライドポテトをつまんで談笑しているのは福富くんと新開くん。部屋の隅で泉田くんが筋トレをしていて、真波くんはテーブルに顔を伏せて寝ている。田島くんの質問攻めに南雲くんが困った顔をしていて……ってあれ?

「なんで部外者がいっぱいいんだ」

 私よりも先に靖友くんがツッコんだ。今日パーティーに来るのは福富くんと新開くん、東堂くんと靖友くん。そして私の五人だったはずだ。それなのになぜか大広間にはたくさんの知り合いがいる。一体これはどういうことだろう……?

「オレが説明しよう!」

 ふすまを開けて颯爽と現れた東堂くん。「本日の主役」と書かれたたすきを肩にかけていて、触覚がついた謎のカチューシャを着けている。なぜこんな奇抜な格好をしているのか、今聞くと話が長くなりそうだからやめておこう……。

「午前中、麗子と一緒に買い出しに出かけたら駅前で美少年コンテストをやっていてな。当然声をかけられたオレは飛び入りで出場して優勝したのだ!」
「…………」

 靖友くんがあきれた顔をして、口を一文字に結ぶ。

「で、この子が二位の南雲くん! 彼と意気投合してパーティーに招待したのだ」
「えへへ。まさか靖友の友達だったなんて思わなかったよ」

 頬をかいて笑う南雲くん。だが、そうは問屋が卸さない。

「えへへじゃねーヨ!! なにのこのこ初対面のヤツについてきてんだ! しかも古館とかも連れてきやがって!」

 靖友くんが指さしたのは見知らぬ男の人たち。南雲くんつながりだし野球の友達だろうか……? 「悪かったな」古館くんが靖友くんをキッとにらむ。

「荒北ー。インハイ見たけどカッコよかったぞー」
「るっせ」

 他の野球友達の声に、靖友くんはそっけなく返事をした。

「本当は佐々部先生も誘ったんだけど、今日は用事があるみたい。こんな日に何の用だろうね?」
「南雲、知らないのかよ? 佐々部のヤツ、最近他校の教頭にお熱らしいぜ」
「え、そうなの? ボク、全然気づかなかったなぁ」

 靖友くんの友達が先生の恋バナで盛り上がる。

「だーっ!! 佐々部の恋路なんざどうでもいいんだ!! 参加するって言うンならそれなりの手土産は用意したんだろうなァ!?」
「それは必要ないよ。食べ物は既にたくさんあるもん」

 南雲くんが指さした先には、大きなテーブルの上に並べられたたくさんの料理。ターキーにオードブル、ブッシュドノエルに何本ものシャンメリー。これだけ買うのにいくらかかったんだろう……。

「これ、美少年コンテストの優勝商品なんだ。えーっと、商品名は『昨日二人で過ごしていた恋人全員爆発しろ! クリスマス・イブがなんだ、こちとらこんな料理作らされていい迷惑だ、クリスマスは友達とやけ食いして過ごそうわいわいパーティーセット』だよ」

 にこにこしながら言う南雲くん。記憶力の無駄遣いだ。

「ハッ、こんなに食い物があっていいじゃナァイ……っていうと思ったかバーカ!! なんでこんな日に美少年コンテストだなんてやってんだ! 色々おかしいだろォ!?」
「まぁまぁ。これでも食べて」
「ふぐっ」

 靖友くんの口にターキーをつっこむ南雲くん。さすがバッテリーを組んでいただけのことあって靖友くんの扱いに慣れている。
 雰囲気に呑まれていた東堂くんがコホンと咳払いをした。

「こんな料理、いくら育ち盛りもいるとはいえ(新開くんの方をちらりと見て)とても五人じゃ食べきれないだろう? だから手当たり次第人を呼んだのだ!」
「む、むちゃくちゃだ……」
「本当はさっきファンクラブの人たちも呼ぼうと思ったのだが、麗子に全力で止められてな。修羅場になるとかなんとか……」

 こんな日に東堂くんを見かけたら、誰しもが東堂くんを独り占めしたくなるだろう。お姉さんの判断は賢明だ……。
 周囲に視線を巡らせると、談笑している二人組に目がとまった。あれは小野田くんと真波くんだ。
 仲良くお喋りしてるけど、インハイでは敵同士だった二人だし、間にあったしがらみは時間が解決してくれたのだろうか……。困惑していると、真波くんと目が合った。つられて小野田くんも私に気がつく。

「お、お久しぶりですさん!」
「こんにちはー」
「こ、こんにちは……。小野田くんもいるなんて珍しいね」
「ここに来る前、東堂さんに連れてかれて坂道くんとヒルクライム勝負しようとしてたんですけど……あ、東堂さんが美少年コンテストに参加する前のことですよ?」
「う、うん。それで……?」
「雪が積もってて中止になりました」

 明るい顔で言う真波くん。今外は雪が降っている。これで走ったなんて言われたら驚いてた。

「だから、山神の座を賭けた勝負はまたの機会におあずけです。ね、坂道くん」
「うん」
「そっか」

 どうやら東堂くんの手引きのおかげで、真波くんは完全にふっきれたようだ。
 秋に出た大会を機に真波くんはもう一度部活で頑張る決意をしたけれど、彼のことがまだ気がかりだった。追い出し走行会を終えた後も、小野田くんとの問題は解決したわけじゃない。最後の心の穴は、東堂くんが埋めてくれたんだ。
 またの機会……ということは、来年のインハイで勝負するのだろうか。

「来年のインハイが楽しみだなぁ」

 その時、私はマネージャーという立場ではなく、観客という立場で観戦をすることになるけれど。感慨に耽っていると、部屋の隅に背中を丸めて座っている男の子を見かけた。

「アホらし。ボク帰る」

 すっと立ち上がって、大広間から出ようとするアズナさんを服の裾をつかんで引き止める。

「待ってアズナさんっ」
「キミ、ボクの本名も覚えられんほどにアホなん?」

 アズナさん――御堂筋くんが嫌そうな目つきでこちらを見る。

「そういうわけじゃないんだけど……なんかこっちの名前の方がしっくりくるっていうか」
「アズナさんってシャー・アズナブルさん!? 御堂筋くんはやっぱりアニメが好きなんだね!」

 小野田くんが目を輝かせて話に入ってきた。

「でも、なんで御堂筋くんがここにいるの?」
「東堂さんが美少年コンテストに参加している時に、ふらりと自転車屋に立ち寄ったら御堂筋くんとばったり会っちゃって。拾ってきちゃいました。えへへ」

 ニコッと笑う真波くん。天然美少年の彼に、最近靖友くんに似てきた彼がツッコミを入れる。

「テメーは捨て猫見つけたら拾ってくるガキか」
「黒田さん」
「御堂筋が捨て猫……」
「へっ、変な妄想はするな塔一郎!」

 たぶん泉田くんはダンボールに「拾ってください」と書かれた猫耳アズナさんを想像したのだろう。……かわいい。

「かわいいとか思ったんやろキミ。キモッ」
「御堂筋くん、さっきのアニメの話の続きなんだけど……!」
「……なんでボクゥこんなところにいるんやろ……」

 アズナさんをたくさんいじった後、だんだん集まってきた人の中に響子と桃香の姿を見つけた。偶然振り向いた響子と目が合う。

「あ、! メリークリスマス!」
「メリークリスマス。響子たちも来てたんだ」
「うん。美少年コンテストの後東堂くんに誘われてさ~」

 美少年コンテストってどんなイベントだったんだろう……。行けなかったことをちょっとだけ後悔する。

「で、デートはどうだったの?」
「それは……」
「あ、そのネックレスもしかして! いいなぁ、私も彼氏欲しくなってきたなー」

 私のネックレスを見てうっとりする響子。誰にも気づかれないと思ったんだけど、響子の目はごまかせなかったようだ。

「荒北と付き合ってるって聞いた時は驚いたけどさぁ、うまくやっているみたいでよかった。昔のアイツだったら大反対してたけど、今のアイツなら、のことをちゃんと幸せにしてくれるような気がするよ」

 靖友くんを見ると、彼は田島くんと話している。

「ほら見てリバーシ。食べた後暇かなぁと思って持ってきたんだ」
「気が利くじゃねーか。後で勝負すっぞ」

 その後、田島くんと勝負した靖友くんはまんまと策にハマって連敗し、怒ってリバーシの台をひっくり返すのだった……。

「あ、金城くんたちだ」

 大広間に総北の人たちが入ってくる。金城くんに田所くん、あれはたしか……一年の今泉くんと鳴子くんと杉本くんだ。
 フライドポテトをつまんでいた福富くんと新開くんが立ち上がる。

「金城たちも来たのか」
「オレの親戚の店でクリスマスパーティーを開く予定だったんだが、急な貸し切りの予約が入ってな」
「困っていたところに、ちょうど新開から連絡がきたってわけだ。……けど、本当にいいのか新開?」
「あぁ。尽八にちゃんと許可はもらったよ。な?」
「巻ちゃんの友達はオレの友達だ。わーはっはっは!」
「あれ? 君、靖友に似てるね」

 南雲くんが興味深そうに今泉くんを見つめる。

「髪型だけっスよ」
「そんなに嫌なら髪伸ばしたらどうやスカシー」
「髪の毛の分け目を変えて……と。これでボクも荒北さんと今泉のそっくりさんだ」
「便乗するなよ杉本」
「あーっ! オッサン人が目を離した隙に新開さんとフライドチキン食ってる!」
「がーはっはっは! こういうのは早いモン勝ちだ!」
「勝手にチキンを食うなそこのリンター二人!」

 東堂くんが指をさして怒る。

「そんなにお腹が減ったのなら、パワーバー食べますか?」

 リンター二人組の後ろにすっと現れたのは織田くん。パワーバーが入った袋を持っている。

「い、いや、いいよ。なんか急にお腹いっぱいになっちまった。ははは……」

 苦笑する新開くん。新開くんの天敵は織田くんで決定だ。

「っていうか、なんでテメーまでここにいんだ待宮ァ!」

 靖友くんの視線の先には、響子を口説こうとしている待宮くんがいた……。

「エッエッエッ。性なる夜(誤字じゃないけん)のクリスマスイヴ……荒北の邪魔をしようと思ったら道に迷うてのぅ。くたくたになったワシは偶然通りかかった東堂くんの姐さんに助けられて、一泊ついでにパーティーに参加したんじゃ」
「オメー暇だな。そういや真奈だっけ? ヨリでも戻せよ。未練たらたらなんだろォ?」
「佳奈じゃ!! それがのぅ、広島に戻った時にアイツの学校に行って……」
「あ、いい。そういうの興味ねーから」

 口喧嘩を始める二人。まるで犬がじゃれあっているみたいだ。
 佳奈ちゃんのことをぼんやりと考えていると、村上さんが私のお膳に料理を並べていく。
 ……あれ? みんなはクリスマスパーティー用の料理が並んでいるのに、私はそれに加えて懐石料理も一緒に並んでいる。疑問に思って村上さんを見るとウインクされた。そのまますすす、と次の料理を取りに部屋の外に行ってしまう。

「あ、あの、麗子さん」
「なぁに?」
「なんだか、みんなに比べて私のごはんがやけに豪華なような……」
「だって、尽八の未来のお嫁さんだもん。特別待遇よ」
「なっ」

 麗子さんの爆弾発言に、部屋の空気が凍りつく。東堂くんは織田くんから借りたタブレットで誰かと話してて気づいていないけれど、今の言葉は靖友くんの耳にも入ってしまった……。

「尽八はきっとちゃんのこと気に入ってるわよー」
「エッエッエッ。嵐の予感じゃのぅ」

 横で笑う待宮くん。おそるおそる靖友くんの顔色をうかがう。口元がひきつり、額に筋を立てている……。

ちゃん! 巻ちゃんだ!」

 気まずい雰囲気の中、タブレットを私に見せる東堂くん。タブレットにはイギリスにいる巻島くんが映っていた。

「巻島くん」
『よっ』

 巻島くんが照れ笑いをしながら小さく片手を上げる。

『なんか、こうやって画面越しで話すのって照れるっショ』
「う、うん……」
「あらあら。敵は多いわね、尽八」
「ん? 美少年コンテストならオレが優勝したではないか」
「なーんかアンタって妙に疎い時があるわよねー」

 ゴゴゴゴゴ……。部屋の温度が一気に上昇した。
 これ以上靖友くんを怒らせるわけにはいかない。危険を感じた私は麗子さんに小声で話しかける。

「ちょ、ちょっとお姉さん」
「あら、私のことをお姉さんだなんて……」
「麗子さん! 私、前にも言ったとおり靖友くんと付き合っていて……」
「あら? 私、あなたの気持ちは理解したけど、諦めるなんて一言も言ってないわよ?」
「えっ」
「恋は常に刺激が必要なのよ。ねぇ尽八ー! ちゃんがお嫁に来てくれたら尽八うれしいでしょー!?」
「なっ、なにを言っているのだ麗子。ちゃんが困っているではないか」
「でもほら、想像してみて。ちゃんに見守られながら巻ちゃんと山頂の一番乗りを賭けた勝負をする……。それってすてきだと思わない?」
「言われてみると悪くない気もするが……」
「オイコラ東堂ォ! テメー今すぐ表に出ろォォ!! 力の差を見せてやらぁ!!」
「ど、どうした荒北、なぜ怒る!?」
「お、おもしろそうだな。オレも参加するぜ。バキュン」
「新開さんのバキュンポーズ! 必ず仕留めるって合図だ!」

 私に向かってバキュンポーズをする新開くん。まさかの乱入者にツッコミを忘れて呆然としてしまった。

「新開! テメーまさか……!」

 「幼なじみの福チャンが一番危ないって思ってたけどよォ、そういや新開も幼なじみみたいなモンだよな……。くっそ、早めにケリをつけとくべきだった」たぶん、靖友くんはこう思って新開くんに警戒の視線を向けているに違いない。

「さぁ、どうかな?」

 やめればいいのに、火に油を注ぐ新開くん。

「ワシも参加じゃ!」
「待宮まで……」

 なんとなく予想はしてたけど待宮くんも参加してきた。
 すっと輪に入る福富くん。

「オレも参加しよう。娘はやらん」
「うっ」

 突然頭を抱えてうずくまった靖友くん。近くにいた南雲くんが心配する。

「どうしたの靖友?」
「なんでもねェヨ……」

 だんだんぐだぐだになりつつある空気を、東堂くんが二回手を叩いて引き締めた。

「みんなも集まったようだしそろそろパーティーを始めよう! 改めて、今日は東堂庵に集まってくれてありがとう! 今年も早いものであと六日で一年が終わる。今年のオレの一年は……」
「話が長いのよアンタッ」

 東堂くんの話に勝手に割り込む麗子さん。

「みんな、飲み物は片手に持ったわね? じゃあいくわよ、乾杯ー!」
「乾杯ー!」
「なーっ!!」


 パーティーをした後は、全員で外に出た。東堂庵に来る時には降っていた雪がやんで、今は真っ白な雪が一面に積もっている。

「雪合戦じゃー! ぶべしっ!」

 待宮くんの整った顔に雪玉が直撃する。当てたのは靖友くんかと思いきや、南雲くんだった。

「ゴメン。体に当てるつもりだったんだけど、いきなり振り向いたから顔に……」
「かわいい顔して意外に馬鹿力なんじゃな。荒北の友達は変わってるのぅ」
「野球部の性っていうか、なんていうか……」

 顔を赤らめる南雲くん。雪合戦をしたらたぶん誰も彼には勝てないだろう。
 みんなで雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり。一部孤立してる人はいるけども(逃げようとして真波くんに捕まえられたアズナさんとか)インハイでは敵同士だった人たちや、自転車部とは全然関係ない人たちも一緒に、みんなで楽しく遊んでいる。
 空に飛び交う雪玉が、太陽の光に照らされてキラキラと輝いているように見えた。
 みんなの輪の中に入れば、あっという間に時間が過ぎてしまう。そう思った私は、離れた場所でみんなの様子を見ていた。

「どうした、

 昨日プレゼントしたマフラーを身に着けて、遅れて旅館から出てきた靖友くんが私に声をかける。

「私はここで見てるだけでいいかなぁって」
「なんだ? メシでも食いすぎたか?」
「違うよ。みんなと一緒に遊んだら、時間があっという間に過ぎちゃう」

 だから靖友くんは私のことなんて気にせず、みんなの輪の中に入ってほしい。そう視線で訴えるけれど、靖友くんは眉根を寄せたままだ。

「バーカ。どんなに過ごしたって結局時間は同じように流れるんだ。楽しまなきゃ損だろ」

 強引に私の手を取る靖友くん。

「おーい荒北ー! ワシと雪だるま合戦しようやー!」
「ハッ、いいぜ。勝ったら缶コーヒーおごりだ」

 待宮くんの誘いに乗った靖友くんが、私の手をひいて歩く。
 時々、箱根学園を卒業した後のことを考えては、憂鬱な気持ちになってしまうことがある。
 新しい大学でうまくやっていけるだろうか。大好きな友達と離れたくない。靖友くんと、ずっと一緒にいたい……。
 だけど、靖友くんがこうして時々手をひいてくれるのなら、どんなことにだって立ち向かえそうな気がした。靖友くんの手をぎゅっと握る。

「コーヒーもええけど、ちゃんを賭けるっていうのはどうじゃ?」
「テメーまた殴られてェのか!!」

 子どもみたいな二人のやりとりに、笑いがこぼれてしまう。
 傍観者なんてらしくないことはやめよう。残りの時間を、目一杯楽しむことに決めた。

 楽しい時間の中、みんなの笑顔がキラキラと弾ける。
 こうしてクリスマスは終わり、受験を終えて、ついに卒業の日を迎えた――。